化学的手法により製造された肥料のことで、古くは人造肥料ともよばれた。堆厩肥(たいきゅうひ)などの自給肥料や油かす、骨粉などの動植物を原料とした有機質肥料に対応した呼び名である。
化学肥料の始まりは、1839年にドイツのリービヒが、骨粉に硫酸を作用させ水溶性リン酸をつくり、これが肥料として有効であることを確かめたときと考えられる。日本では、1875年(明治8)リン酸アンモニウムと過リン酸石灰がつくられ試用されたのが初めである。化学工業が発達した現在、日本で消費されている肥料の大部分は化学肥料によって占められる。高生産、高能率な現代の農業技術の進歩は、化学肥料なしにはとうてい考えられない。
日本の化学肥料の施用・消費量の推移を主作物の水稲と、それ以外の他作物とに分けてみてみると、水稲ではオイル・ショックの影響をあまり受けずに1987年(昭和62)まで毎年増加した。こうした傾向は窒素の多肥で高い収量をあげる品種の開発普及と、政府による高米価政策が実施されたことなどによる。しかし、1987年米価が引き下げられると同時に化学肥料の施用量も急激に減少した。これを窒素、リン酸、カリ(カリウム)の成分別にみると、以前は窒素がもっとも多く、ついでカリ、リン酸の順であった。しかし1969年以降はリン酸、窒素、カリの順になっている。これは冷害の軽減対策にリン酸が多く施用されたことなどによる。水稲を除く他作物では1973年まで施用量は毎年増加した。しかし、1973年、1978年に発生したオイル・ショックは化学肥料の消費量に強く影響し、その都度激減したが、その後は回復し、増減を繰り返しながらおおむね横ばいの傾向で推移している。
[小山雄生]
化学肥料は、組成、形態、施肥法など種々の観点から分類される。肥料三要素のうちの1種類のみを含むものは、その主成分によって窒素肥料、リン酸肥料、カリ肥料に分類され、2種類以上を含有するものは複合肥料に分類される。そのほか、作物に有効な石灰、ケイ酸、苦土(酸化マグネシウム)、マンガンを主成分とするものや、数種の微量要素を混合した肥料、農薬を混入した肥料、肥効を調節した緩効性肥料やコーティング肥料など多くの種類がある。
肥料成分は、単独に施用するよりも適切な割合で複合して与えたほうが作物にとっていっそう効果があることと、取扱いが便利であることから、単肥で使用される割合は少なく、化成肥料や配合肥料が施用量の大部分を占めている。また、粉末での使用から、粒状に成形されたものへと主体はかわってきている。さらにこのような固形のものばかりでなく、家庭園芸用や農家施設栽培用に種々の成分を好都合に調合した液肥の使用が増えつつある。
[小山雄生]
化学肥料の使用量が飛躍的に増大した理由としては次のような点があげられる。
(1)化学工業として大量生産されるので、品質が均一で、供給も安定しており、また価格も安い。
(2)堆厩肥、下肥、緑肥などに比べて衛生的であり、使いやすい。
(3)窒素、リンなど有効成分含量が著しく高く、また一定している。
(4)輸送コストが低く、貯蔵しやすい。
(5)目的に沿った施肥ができ、むだも少ない。
化学肥料は以上のような特長を備えているが、欠点としては以下の点があげられる。
(1)肥料のやりすぎや濃度障害による肥(こえ)焼けをおこしやすい。
(2)混合の仕方を誤ると、成分が逃げたり吸湿性を増したりするので注意が必要である。
(3)化学肥料のみを大量に長期間にわたって使用し続けると土壌が悪化する。
(4)農作物が軟弱となり病害虫にかかりやすくなる。
(5)川や湖沼、地下水を汚染し、富栄養化を招くなど環境を悪化するおそれがある。
化学肥料の欠点を取り除くためには、堆厩肥、稲藁(いねわら)、コンポスト(有機質肥料)などの有機資材との併用がとくに望まれている。さらに肥効を調整した被覆肥料、発酵廃液などの有機物や微量要素を含有し、一般の化学肥料の欠点を補った肥料も製造、販売され、普及し始めてきている。しかし現在でも化学肥料の主体は、まだ硫安、塩安、過リン酸石灰、硫酸カリ(硫酸カリウム)などを原料とした無機質のもので占められている。
高い生産効率のみを目的とした第二次世界大戦後の日本農業は、化学肥料と農薬の多投という弊害を招き、土壌を悪化し、また環境、資源の面からも持続的な農業生産が脅かされるようになった。このような状況への対応から、1992年(平成4)農業基本法にかわり「新しい食料・農業・農村政策の方向」が新しく打ち出され、化学肥料などによる環境への負荷の軽減に配慮した持続的農業の確立がうたわれた。また、1999年には21世紀の農業政策の指針となる食料・農業・農村基本法が成立し、いわゆる「環境保全型農業」への転換がいっそう推進されることになった。今後はさらに安心・安全・健康への配慮も必要となってきている。
[小山雄生]
『早瀬達郎・安藤淳平・越野正義編『肥料と環境保全――化学肥料の影響と廃棄物の肥料化』(1976・ソフトサイエンス社)』▽『久保輝一郎・荒井康夫著『化学肥料』新版(1977・大日本図書)』▽『伊達昇・塩崎尚郎編著『肥料便覧』第5版(1997・農山漁村文化協会)』▽『ヴァンダナ・シヴァ著、浜谷喜美子訳『緑の革命とその暴力』(1997・日本経済評論社)』▽『全国農業協同組合連合会・全国農業協同組合中央会編『環境保全型農業――10年の取り組みとめざすもの』(2002・家の光協会)』▽『肥料協会新聞部編『肥料年鑑』各年版(肥料協会)』
無機質の原料に化学的操作を加えて製造された人造肥料で,一般に化学工業の生産物である。動植物質を原料とする油かす,骨粉などの有機質肥料に対する無機質肥料の主体をなしている。
1843年イギリスにおいて工業的に過リン酸石灰が製造されはじめたが,20世紀初めに空気中の窒素からアンモニアを合成することが工業的に成功して以来,生産量が急激に増加し,現在では肥料といえば,ただちに化学肥料を意味するほど一般化している。この急増は世界における人口の増大に見合う食糧生産の増大と対応している。世界における可耕地面積の有限性は,食糧生産量の増加を既耕地の生産性の増大に依存することを余儀なくさせている。耕地面積当りの作物収量の増加は,作物の品種改良とともに,化学肥料の施用量の増加と施用方法の改善にまつところが多い。日本でも1888年に東京人造肥料がはじめて過リン酸石灰の製造を始め,また96年に鈴鹿商店がはじめて硫安を輸入し,1901年に東京瓦斯深川工場ではじめて副産硫安が生産された。10年には日本窒素肥料が石灰窒素工場を建設している。日本で最初の合成硫安工場は23年に建設された日本窒素肥料(現,チッソ)の延岡工場である。
化学肥料は含有する成分から,窒素肥料,リン酸肥料,カリ肥料,複合肥料に大別される。長年の間その種類は硫酸アンモニア(硫安),石灰窒素,過リン酸石灰およびカリ塩類に限られていたが,1948年より尿素,49年より重過リン酸石灰,50年より硝安,塩安,溶成リン肥の生産が開始されて現在に至っている。ただし,カリ肥料はほぼ全量輸入に頼っている。
近年になって,化学肥料の種類は著しく増加し,緩効性窒素質肥料や,硝酸化成抑制剤肥料なども販売されている。また石灰肥料,ケイ酸肥料,苦土肥料,マンガン肥料,ホウ素肥料あるいは微量要素複合肥料もでまわっている。窒素,リン酸,カリのいずれか2成分以上を含む化学肥料は複合肥料と呼ばれるが,この中には低度化成肥料,高度化成肥料,固形肥料,吸着肥料,被覆肥料,液状肥料など多種類のものが含まれている。
日本は肥料を多く施用し,単位面積当りの収量の高い,いわゆる集約農業を営んでいる国である。世界各国との比較においてはオランダ,ベルギー,スイスに次ぐ多肥国であるが,とくに窒素に比較してリン酸,カリを多施していることが目だつ。これは日本の土壌がリン酸欠乏を生じやすい火山灰を主にしていること,雨量が多いためカリウムなどの流亡しやすいことなどによると考えられる。日本における水稲10a当り収量をみると,1960年ころまでは化学肥料の施用量の増大に伴って収量も増加してきたが,それ以後は農薬施用量の増大に伴って収量が増加してきたともいえる。このように日本の農業においては化学肥料と農薬の使用量が増大するとともに,堆厩肥(たいきゆうひ)などの有機物資材の投入が減少してきて,そのための地力低下現象が問題となってきた。土壌肥沃度の維持向上を基礎にした作物収量の増大のためには,土壌の生物性,物理性,化学性に対して総合的に改善効果のある堆厩肥のような粗大有機物の施用と化学肥料の適切な施用とを結合させる必要がある。
→肥料
執筆者:熊沢 喜久雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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人造肥料ともいう.化学工場で製造,加工工程を経てつくられる肥料.化学肥料は,窒素,リン酸,カリ(炭酸カリウム),石灰(炭酸カルシウム),ケイ酸,苦土(酸化マグネシウム),マンガン,そのほかの肥料要素の2種類以上の成分を含む.なかでも肥料3要素N,P,Kをいろいろの割合で含む肥料がもっとも大量に生産されている.化学肥料は次の五つに分類される.窒素肥料(硫安,塩安,硝安,尿素,石灰窒素),リン酸肥料(過リン酸石灰,溶成リン肥,焼成リン肥,トーマスリン肥),カリ肥料(硫酸カリ,塩化カリ),化成肥料(普通化成,尿素化成,塩基性化成,リン硝安系化成,硫リン安系化成),そのほかの肥料(ケイカル肥料,鉱さい類,硫酸マグネシウム,硫酸マンガン,ホウ砂).わが国での化学肥料の需要は,近年減少傾向にあり,2000年度(2000年7月~2001年6月)は,窒素,リン酸,カリの3成分合計量で1.45×106 t である.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…通産省の《工業統計表》では,化学工業は以下の産業から成り立っている。すなわち,化学肥料製造業(化学工業総出荷額の1.4%),無機化学工業製品製造業(6.4%),有機化学工業製品製造業(34.0%),化学繊維製造業(3.8%),油脂加工製品・セッケン・合成洗剤・界面活性剤・塗料製造業(4.6%),医薬品製造業(25.7%),化粧品製造業(6.4%),その他の化学工業(17.8%)となっている。以上合計で,総出荷額は,23兆3625億円,製造業の7.6%を占め,また,従業者数でみても39万人,製造業の3.8%を占めている(1995)。…
…1935年前後には大河川下流平野は生産力の最も高い稲作地帯となっている。 肥料の面では購入肥料使用増加のなかで,大豆粕,魚粕の輸入が増大し,チリ硝石などに始まった無機質肥料の使用は過リン酸石灰,硫酸アンモニウムの使用へと移り,化学肥料の国内生産も始まり,1931年には硫酸アンモニウムの国産量が輸入量を超え硫酸アンモニウムが最大の窒素供給源となっていく。この間近代農学は在来肥料の肥効を確かめることから始まって,窒素,リン酸,カリの合理的な施用法を確立するとともに,堆肥製造への指針も与えている。…
…化学肥料を製造する工業。化学肥料工業ともいい,化学工業の一分野である。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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