心の病気の症候群(読み)こころのびょうきのしょうこうぐん

家庭医学館 「心の病気の症候群」の解説

こころのびょうきのしょうこうぐん【心の病気の症候群】

◎症候群とは
◎発達上の問題
◎家庭内の問題
◎職場での問題
◎その他の問題

◎症候群(しょうこうぐん)とは
 近年、「~症候群」「~シンドローム」といったことばマスコミで取り上げられることが多くなりました。症候群(syndrome)とは、いくつかの症状(symptom)をまとめたものです。それぞれの症状が単独で現われるのではなく、複数の症状がある決まったパターンで現われることが多い場合に、それらをひとつにまとめて症候群とします。
 なんらかの疾患になると、それに対応した症候群が現われますが、疾患の経過にしたがって、現われる症候群も変わってくることがあります。また、異なる疾患に同一の症候群が現われることもあります。
 マスコミで取り上げられる症候群には、医師や心理学者によって命名されたものだけでなく、ジャーナリストの命名によるものもあり、必ずしも医学的な根拠が明確とはいえないものもあります。また、個人よりも社会的な問題に焦点があてられている傾向が強く、発達上の問題、家庭内の問題、職場での問題を扱ったものが多くみられます。これは、現代社会の変化が、そこに生きる個人に大きく影響し、それが家庭や職場といった身近な世界の問題として現われてきているためとも考えられます。

◎発達上の問題
■ピーター・パン・シンドローム
 アメリカの心理学者D・カイリーが、おとなになりたくない永遠の少年ピーター・パンの物語にちなんで命名したものです。
 この症候群では、男性において、無責任さ、不安、孤独、性役割の葛藤(かっとう)が基本症状として現われます。これは10歳代での家庭でのしつけの悪さや、両親の不和などの家族関係の問題から現われるとされています。20歳代になると、異常に肥大したナルシシズムをもつようになり、自己不全感を空想で補い、現実との接触を避けるようになります。そして社会人になると、深刻な自己の危機に直面することになります。
モラトリアム
 アメリカの心理学者E・H・エリクソンは、「自分が何者なのか」ということに対する確信を自我同一性と呼び、これが青年期の終わりに確立されると主張しました。そして、同一性確立前に社会人としての義務や責任を果たすことを猶予(ゆうよ)される期間を心理・社会的モラトリアムと呼びました。
 モラトリアム自体は、必ずしも問題ではありません。しかし、モラトリアムが延長される場合は問題となります。たとえば、大学で授業に出席しないで留年をくり返したり、目標ももたずにアルバイトだけで生活するような例です。
 精神分析学者の小此木啓吾(おこのぎけいご)は、このようにモラトリアム状態に長く留まる青年をモラトリアム人間と呼びました。多くの場合、精神的 ・社会的発達に問題があると考えられます。
スチューデント・アパシー
 アメリカの精神医学者P・A・ウォルターズが命名したもので、大学生にみられる無気力、無感動の状態をさします。精神医学者の笠原嘉(かさはらよみし)によると、この症状を示す学生は、平均以上に努力型で能力も高いのに、ある時点から特別の理由もないのに勉学への意欲を失います。しかし、アルバイトや専門科目以外の学業には熱心で、いわば本業不能、副業可能の状態になります。
 その特徴をみると、無関心、無気力、生きがい・目標・進路の喪失感(そうしつかん)がありますが、不安、焦燥感(しょうそうかん)、抑うつ感は自覚されません。この症状は大学生に限ったものではなく、若い会社員や高校生、中学生にもみられるため、総称してアパシー・シンドロームと呼ばれることもあります。
■五月病(ごがつびょう)
 大学の新入生が5月の連休明けごろに、無気力、無関心、無感動を訴える例を五月病といいます。1950年代末から大学の精神保健関係者の間で、このような例の増加が指摘されるようになりました。これは新しい状況に対する適応不全(てきおうふぜん)のためにおこるストレス反応と考えられています。
 小此木啓吾は、五月病の危機的状況を通過することが人格形成上有意義であるとして、これを経験しない人々を、五月危機不在症候群(ごがつききふざいしょうこうぐん)と命名しました。
■リストカット・シンドローム(手首自傷症候群(てくびじしょうしょうこうぐん))
 青年期あるいは若い成人期の、主として女性が手首を安全カミソリなどで切る自傷行為をくり返す例をさします。これは「理解してもらえなかった」「裏切られた」といった対人関係上のトラブルを契機に行なわれることが多く、出血を見て安心感を得る場合も多いようです。
 境界性人格障害(きょうかいせいじんかくしょうがい)(境界例)などのように、発達過程に問題があって、母親からの心理的な分離がうまくできていない女性に多くみられます。治療には、全人格を対象とする精神療法が必要となります。

◎家庭内の問題
■空巣症候群(からのすしょうこうぐん)
 子どもの独立によって家庭が空になった中年の女性に現われるうつ状態をさします。育児と教育に専心していた母親は、子どもが進学、就職、結婚などで独立すると、空虚感、別離感、孤独感を感じてうつ状態になることがあります。
 これには更年期(こうねんき)の内分泌的(ないぶんぴつてき)(ホルモン)変化も関係している場合もあります。仕事や趣味をもっていたり、夫との関係が良好な場合にはなりにくいと考えられています。

◎職場での問題
■ミドルエイジ・シンドローム(中年症候群(ちゅうねんしょうこうぐん))
 中年の会社員が、突然落ちこむ例をさします。仕事熱心で猛烈(もうれつ)社員型の人に多くみられます。ミドルエイジ・シンドロームにはいくつかのタイプがあります。
 昇進(しょうしん)うつ病(びょう)は、昇進直後にうつ状態になるもので、昇進したものの、自分は無能でその地位にふさわしくないと感じて落ちこむような場合をさします。
 昇進停止症候群(しょうしんていししょうこうぐん)、あるいは上昇停止症候群(じょうしょうていししょうこうぐん)は、昇進を目標として一生懸命はたらいてきた人が、これ以上の昇進を望めないことに気づいたときにおこるものです。
 そして過剰適応症候群(かじょうてきおうしょうこうぐん)は、仕事に熱心に打ちこみすぎて、そのストレスや体力的・精神的消耗のためにうつ状態になるものです。
 中年という年齢は、身体的にも精神的にも転回点にあたり、それまでの生活パターンが維持できなくなる年齢です。したがって、生活や生き方の見直しが求められる年齢ともいえるでしょう。
■燃(も)え尽(つ)き症候群(しょうこうぐん)(バーンアウト症候群(しょうこうぐん))
 アメリカの精神分析学者H・フルーデンバーガーが命名したもので、「燃え尽き」とは自分が最善と信じて打ちこんできた仕事、生き方、対人関係のもち方が、まったく期待はずれに終わったことによってもたらされる疲弊(ひへい)のありさまと定義されています。
 仕事にエネルギーを使いはたしたためにおこります。症状として、心身の極度の疲労と感情の枯渇(こかつ)、自己嫌悪、仕事嫌悪、思いやりの喪失などが現われます。エネルギッシュで理想の高い、猛烈社員型のビジネスマンやキャリア・ウーマン、受験生などに、この症候群がみられます。
■テクノストレス(OA症候群(オーエーしょうこうぐん))
 OA(オフィス・オートメーション)によってひきおこされる精神的な歪(ゆが)みを総称したものです。これには大きく分けて2つのタイプがあります。
 1つはコンピュータ不安型(ふあんがた)で、コンピュータ操作に習熟できず、心身が拒否反応をおこしてしまうものです。
 もう1つはコンピュータ耽溺型(たんできがた)で、コンピュータに過剰適応してしまい、心のひだが失われ、対人関係をうまく処理できなくなるものです。
■サンドイッチ・シンドローム
 中間管理職が、上司と部下との板挟みになり、そのストレスからうつ状態になる例をさします。日本の企業の場合、中間管理職は、業績の達成と職場の凝集性の維持という2つの目標を両立することを求められています。そのため、極度のストレス状態にさらされる場合も多いようです。このようなストレスが長期的に続くと、心身にさまざまな悪影響をおよぼすことが考えられます。
■出社拒否(しゅっしゃきょひ)(通勤拒否(つうきんきょひ))
 心理的な問題によって会社に行くことができなくなる症状をさします。具体的な症状は、単に会社に行く気になれないというものから、行こうと思うのに、朝、寝床から起き上がれなかったり、頭痛や腹痛などの身体症状が出て行けなくなるものまでさまざまです。
 原因もさまざまあり、これまでにあげたような症候群にともなって現われることもありますが、うつ病(気分障害(きぶんしょうがい))や統合失調症、あるいは神経症性障害(しんけいしょうせいしょうがい)の症状として現われることもあります。
■セクシャル・ハラスメント
「性的いやがらせ」をさします。女性が被害者となるケースがほとんどで、職場の上司や同僚から被害を受ける場合や、学校で教師から被害を受けるケースもあります。
 具体的には、本人がいやがっているにもかかわらず、性的関係を迫る、からだに触れる、性的な内容の悪評を流す、性的な冗談を言う、といった行為が含まれます。不快感を与えていることに加害者が気づいていない場合もあり、まず、女性がはっきりした態度で臨むことが重要でしょう。また、援助機関に電話で相談したり、深刻な場合は法的な手段に訴えるケースも増えています。

◎その他の問題
■マインドコントロール
 本人が他者から影響を受けていることに気づかない間に、意志決定過程に他者が影響をおよぼすことをさします。
 かつて問題となった洗脳(せんのう)は、個人を長時間拘禁状態(こうきんじょうたい)において拷問(ごうもん)したり、薬物を投与したりして、強制的に個人の精神構造を変化させるものですが、マインドコントロールの場合、社会心理学で発達した説得の技術などを利用し、はっきりした身体的拘束は用いない場合が多いようです。それだけに、本人がコントロールされていることに気づきにくく、自分の意志に基づいて行動しているように感じてしまいます。
 マインドコントロールから抜け出すには、コントロールしている集団から離れ、その集団の実態やコントロールされていること自体に気づく必要があります。

出典 小学館家庭医学館について 情報

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