心的イメージ(読み)しんてきイメージ(その他表記)mental image

最新 心理学事典 「心的イメージ」の解説

しんてきイメージ
心的イメージ
mental image

今,ここにはいない家族や友人を思い浮かべたり,あるいは経験したことのない物事出来事を思い描くなど,感覚や知覚を生じさせる刺激が実際になくても,人間は短期記憶長期記憶に基づいて,感覚や知覚に類似する体験(類知覚的体験quasi-perceptual experience)をもつことが可能である。この体験を構成する知覚的内容が心的イメージである。単にイメージimage,imageryとも心象mental imageともいう。心的イメージを引き起こす心の過程メカニズムをイメージ過程mental imageryあるいはイメージ処理過程imagery processという。視覚聴覚,運動感覚,味覚嗅覚など,あらゆる感覚のイメージが存在するが,これまでは視覚イメージが研究対象とされることが多かった。イメージをもつとき,ことばでは表現できないような,イメージ対象に関する感覚・知覚的な諸属性が心内で体験されている。その意味で,イメージはアナログな心的表象mental representationの一種ということができ,認知心理学におけるイメージ研究では,心的表象がどのように生成・処理されるかという,イメージ過程に関する問題が検討されてきた。

【二重符号化理論dual coding theory】 イメージの現代的な研究は1960年代に始まり,ペイビオPaivio,A.らのグループによって,記憶におけるイメージの役割に関する研究が精力的に行なわれた。その成果は,ペイビオの『イメージおよび言語過程Imagery and verbal processes』(1971)という大部の著作にまとめられ,二重符号化理論という表象理論の提唱が行なわれた。この理論では,人間の認知システムは,独立しながらも相互に関連し合った,二つのシステムから成り立つと仮定されている。二つのうち一方はイメージ・システムであり,非言語的な情報の処理に特化しており,イメージの処理に深く関係している。もう一方は言語システムであり,言語的な情報の処理に特化している。二重符号化理論によれば,記憶する際に言語的符号とイメージ的符号の2種類の形式で符号化しておけば,それだけ手がかりも増大し,記憶成績が向上することになる。記憶対象が言語材料の場合,言語的な符号化は一様に行なわれるにしても,イメージ的な符号化に関しては容易なものもそうでないものもある。そこで,ペイビオらは,より精密な実験材料の統制を可能にするため,925語の名詞についてイメージ喚起の容易性(イメージ価imagery value)を測定している(Paivio,Yuille,J.C.,& Madigan,S.A.,1968)。また,同一の材料や教示を与えたにしても,すべての実験参加者が同じような符号化を行なうとは限らず,各自の認知スタイルによって,採用される符号化が異なることもあり得る。ペイビオ(1971)は,習慣的な認知のスタイルが,言語とイメージ,どちらのシステムに依存しているかを調べるための質問紙IDQ(individual differences questionnaire)も作成している。

【心的回転と心的走査】 1960年代の後半から,イメージと知覚の類似性を示そうとする研究が盛んに行なわれるようになった。シェパードShepard,R.とメッツラーMetzler,J.(1971)が初めて行なった心的回転mental rotationの実験では,実験参加者に対し10個の立方体からなる立体図形の線画を左右に二つ同時提示し,一方が他方を回転させたものと同じであるか,あるいは鏡映像であるかをできるだけ速く判断させた。その結果,角度差が増大するにつれて反応時間が長くなることがわかった。また,コスリンKosslyn,S.M.らの心的走査mental scanningの実験では,複数のランドマークが描かれた島の地図を完全に記憶させた後,島全体をイメージしながらあるランドマークに注目させたうえで,指定された別のランドマークが島の中に存在するか否かを走査させた。結果は,ランドマーク間の距離が長くなるほど走査の時間も長くなるというものであった(Kosslyn,Ball,T.M.,& Reiser,B.J.,1978)。現実の世界において対象を回転したり,あるいは視線を移動させて探索したりするとき,回転角や距離が大きいほど要する時間も増大する。前述した実験の結果は,これと同様の現象がイメージにおいても観察されることを示しており,それは,イメージも現実の視覚刺激と同様に距離や角度,配置といった空間的な情報を保存した,いわば(あくまでも比喩的な意味においてであるが)「心の中の絵」のような描写的表象depictive representationだからであろうと考えられた。

【イメージ論争とCRTメタファー】 ピリシンPylyshyn,Z.(1973)は,イメージに関する現象を説明するために描写的表象を仮定する必要はなく,命題的表象propositional representationを考えるだけで十分であるという批判を行なった。この批判を契機として表象の種類を巡る論争(イメージ論争imagery debate)が起こり,その後,10年以上の長きにわたって,イメージ研究はこの論争を中心にして進むことになった。しかし,アンダーソンAnderson,J.(1978)が数学的証明を通して,それがどのような表象であっても,適切な処理システムを仮定することができれば,いかなる行動データも説明できると主張したように,この論争に関しては,一方が正しく他方は誤りであったというかたちでの決着はつかなかった。とはいえ,論争が無意味だったわけではなく,それを通してイメージ研究は活性化され,さまざまな発展がもたらされた。その成果の一つが,コスリン(1980)によって提案されたCRTメタファーCRT metaphorによるイメージ処理過程のモデルである。コンピュータでは,プログラムやデータに基づき,図形や文字がディスプレイ上に点の集合として表示される。陰極線管cathode ray tube(CRT)は,その一種である。コスリンのモデルでは,命題的表象を含む長期記憶内の情報に基づいて,視覚バッファvisual bufferに描写的表象すなわちイメージが点の集合として表現され,それに対して視察inspectionや回転操作などが行なわれると仮定されている。このモデルは,イメージという心的現象の背後にある表象に関する論争に対する,コスリンからの一つの解答であり,イメージの基になる長期記憶内の情報構造や,形成されたイメージの操作手順も明確に記述されていた。その結果,このモデルは,コンピュータ・シミュレーションができるほど精緻化されたものとなっていた。

【イメージの神経基盤】 1980年代以降は,行動的データに基づく研究だけでなく,脳損傷者のイメージ機能を調べる神経心理学的な研究や,PET(positron emission tomography)やfMRI(functional Magnetic Resonance Imaging)など,脳機能画像法を用いた研究が盛んに行なわれるようになってきた。コスリンらも,これらの手法を用い,そのモデルで仮定されているサブコンポーネントや機能と,脳の部位や機能との対応づけや,さらなるモデルの精緻化を試みている。たとえば,高精細な視覚イメージが形成されるときに限り,初期視覚皮質early visual cortexが賦活することや,あるいは,ある対象を知覚するとこの部位が網膜部位再現的に賦活するが,同じ対象をイメージするときにも類似した賦活パターンが得られることなど,興味深い知見が報告されている。さらに,前述した心的回転の神経基盤なども調べられ,空間処理や運動プランニングに関係した脳部位が関与していることなどが示されつつある。また,初期視覚皮質の活動の程度と,「どれくらいはっきりとイメージが見えているか?」という,鮮明度の個人差を測るマークスMarks,D.F.(1973)によるVVIQ(vividness of visual imagery questionnaire)評定値の間に,高い相関関係を見いだした研究もある(Cui,X.et al.,2007)。この結果が,意識体験の直接的・客観的な測定を意味しているわけではないが,イメージ研究を困難にしている主観性・個人性という問題を乗り越えるための,手がかりを与えてくれる可能性は期待できる。ただ,注意しておかねばならないのは,鮮明度に関係するのは脳の一部位に限られないので,メカニズムの単純化は厳に慎まなければならないという点である。

【イメージとワーキングメモリ】 コスリンのモデルは,イメージ研究のための理論的枠組みとして,現在まで大きな影響力をもちつづけている。一方,イギリスのバッデリーBaddeley,A.D.らのグループや,彼に影響を受けた研究者たちによる,ワーキングメモリworking memoryの研究もイメージ研究に大きく貢献している。バッデリーらのワーキングメモリに関するモデルでは,情報の一時的な貯蔵システムとして,視空間的な情報のための視空間スケッチパッドvisuospatial sketchpadと,音韻情報のための音韻ループphonological loopという機構が仮定されている。聴覚イメージに関する比較的多くの実験は,この音韻ループの機能を前提として計画・実施されている(Reisberg,D.,1992)。ただ,一方で,言語材料を用いた研究に基づいて構築された音韻ループという構成概念を,非言語的な音のイメージに関する研究にも適用できるのかという批判もある。視空間スケッチパッドという概念は,ロギーLogie,R.(1995)によって,視空間ワーキングメモリvisuospatial working memoryへと発展させられた。彼のモデルでは,視空間ワーキングメモリには視覚的な情報の受動的で一時的な貯蔵庫である視覚キャッシュvisual cacheと,その情報に対して能動的な空間的リハーサルを行なったり,あるいは空間情報の一時的貯蔵や運動のプランニングにも用いられるインナースクライブinner scribeの二つのコンポーネントが仮定されている。このモデルでは,イメージの生成・操作は中央実行系central executiveで,また,イメージの視覚的属性と空間的属性の短期的な保持は,それぞれ視覚キャッシュとインナースクライブでなされると仮定されている。視空間ワーキングメモリのモデルは発展途上にあり,コスリンのモデルにおける視覚バッファとの関係を明らかにするための試みもなされている(Pearson,D.G.,2001)。 →符号化 →ワーキングメモリ
〔菱谷 晋介〕

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