消化(読み)しょうか

精選版 日本国語大辞典 「消化」の意味・読み・例文・類語

しょう‐か セウクヮ【消化】

〘名〙
① 消え失せて、他のものに変化すること。また、そうさせること。
※田氏家集(892頃)中・哭舎弟外史大夫「本自堅貞凌臘雪、何因消化軟春氷」 〔周書‐蘇綽伝〕
② 生体が体内で食物を吸収しやすい形に変化させること。また、その過程。ふつう、摂取された食物は消化管内で、消化液の分泌により、細胞に吸収できるような状態に変えられる。消化の方法によって機械的消化と化学的消化とに分け、消化される場所によって細胞内消化と細胞外消化とに分ける。
※養生訓(1713)八「凡消化しがたき物を多くくらふべからず」 〔続明道雑誌〕
③ 物事を十分に理解して、自分の知識とすること。
※青春(1905‐06)〈小栗風葉〉夏「其れを自分の頭で巧みに消化する」
④ 取引市場で売物が値くずれしないで順調に売りさばけること。

しょう‐け セウ‥【消化】

〘名〙 (「け」は「化」の呉音) =しょうか(消化)〔日葡辞書(1603‐04)〕

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デジタル大辞泉 「消化」の意味・読み・例文・類語

しょう‐か〔セウクワ〕【消化】

[名](スル)
生体が体内で食物を吸収しやすい形に変化させること。また、その過程。多くの動物では消化管内で、消化器の運動(物理的消化)、消化液の作用(化学的消化)、腸内細菌の作用(生物学的消化)などによって行われる。「消化のいい食べ物」「よくかまないと消化に悪い」
理論や知識などをよく理解して自分のものとして身につけること。「本の内容を消化する」
たまった仕事や商品をさばくこと。「国内市場では消化しきれない過剰在庫」「スケジュール消化する」
形がなくなって他のものに変化すること。
「人の魂気…火尽き烟となって空にのぼり、気とともに―して」〈読・英草紙・三〉
[類語]こなれ

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「消化」の意味・わかりやすい解説

消化
しょうか

食物中の栄養素を吸収できる形に分解する過程を消化という。消化の方法は、物理的消化と化学的消化に分けられるが、前者は消化管の運動であり、後者は消化液の分泌と、その消化作用である。また、消化を行う器官の集まりを消化器系という。

[市河三太]

消化器系

消化器系は、口腔(こうくう)、咽頭(いんとう)、食道、胃、小腸、大腸の順に連続している消化管と、消化液を分泌する消化腺(せん)とからなっている。

[市河三太]

消化管

消化管の入口は口であるが、これに続く腔が口腔である。口腔内にあるそしゃく器官としての歯は、幼児にあっては20本の乳歯であるが、12~18歳ころまでには32本の永久歯に変わる。口腔底には舌があり、その表面には小さな粘膜突起がある。ここには味蕾(みらい)があり、味の感覚をつかさどっている。また、口腔領域には、唾液(だえき)を分泌する唾液腺があるが、これは、耳下腺(じかせん)、顎下腺(がくかせん)、舌下腺(ぜっかせん)の3種類があり、耳下腺は上顎の第二大臼歯(だいきゅうし)に向かい合う頬(ほお)の粘膜に開口し、他の2腺は舌下に開口している。咽頭は消化器と気道の交叉(こうさ)部を形づくる複雑な部分で、長さは約12センチメートルであり、第6頸椎(けいつい)の高さで食道に移行する。食道は気管の後ろを下り、横隔膜を貫いて胃と連絡している。長さ約25センチメートルの管で、食道の始まるところ、気管が左右の気管支に分かれるところ、横隔膜を貫くところの3か所で狭くなっている。

 胃は嚢(のう)状の器官で、食道から胃に入るところを噴門部、中央の広い部分を胃体という。そのうち噴門部の上方に膨らんで出ている部分を胃底という。胃の下方は幽門部とよび、十二指腸につながる。胃の容量平均は、日本人の成人の場合、男性ではおよそ1400cc、女性ではおよそ1300ccといわれる。なお、新生児では20~60ccである。成人の胃は丁字形または牛角に近い形をしているが、新生児では縦位である。粘膜には胃液を分泌する胃腺がある。幽門部には、輪状に走る筋が発達していて、括約部を形づくっている。

 胃に続いて約7メートルの長さをもつ小腸がある。小腸は十二指腸、空腸、回腸の3部に分けられる。胃の幽門に続いてまず、C字形に彎曲(わんきょく)した十二指腸があるが、これは指を12本横に並べたくらいの長さで約25~30センチメートルである。十二指腸内には、膵臓(すいぞう)から膵液を送る膵管と、肝臓・胆嚢(たんのう)から胆汁を送る総胆管が、同じ箇所で開口している。十二指腸は、十二指腸空腸靭帯(じんたい)を境として、空腸につながり、さらに回腸に至るが、空腸と回腸の境界は明らかでなく、上半(約5分の2)を空腸、下半(約5分の3)を回腸といっている。小腸は腹腔内を曲がりくねって走っている。十二指腸粘膜には十二指腸腺、小腸全体には腸腺が分布しており、おもに粘液を分泌している。小腸は右下腹部で大腸に連絡する。この部は回盲口といい、回腸の輪走筋が厚く肥大するほか、唇のように盲腸腔内に突出して回盲弁を形成し、内容物が小腸へ逆流しないように働いている。

 大腸の長さは約1.5メートルであり、盲腸、結腸、直腸の3部からなる。盲腸は回腸が大腸に開いたところより下方にある袋状の部分で、先端に長さ6~8センチメートル、直径6ミリメートルほどの虫垂が垂れ下がっている。盲腸から上行結腸、横行結腸、下行結腸、S状結腸と順に続き、最後に直腸につながる。結腸の壁には縦に走る3本の縦走筋でできた結腸ヒモ(紐)があり、結腸壁を縦に縮めている。直腸は男性では膀胱(ぼうこう)の後方、女性では子宮、腟(ちつ)の後方にあり、肛門(こうもん)に開いている。肛門の周囲には内・外肛門括約筋がある。なお、直腸の下部の粘膜下には静脈がよく発達しており、これが瘤(こぶ)状になると痔核(じかく)をつくる。

[市河三太]

消化腺

消化管に付属する消化腺には、肝臓と膵臓がある。肝臓は腹部の右上部にあり、1000~1300グラムの重さがある。門脈を通ってくる養分や糖質の貯蔵、血液タンパク質の合成など物質代謝の中心であるとともに、造血作用、血液の貯蔵、血球の破壊、解毒作用などの重要な働きをする器官である。肝臓では胆汁が生成され、肝管を通って肝臓外に出て胆嚢に蓄えられる。肝管は胆嚢からくる胆嚢管と合して総胆管となり、十二指腸内に開いている。総胆管の長さは6~8センチメートル、胆嚢の大きさは長さ8センチメートル、幅4センチメートル、内容量は70cc程度である。

 膵臓は胃の後方にある長さ約15センチメートル、重さ約70グラムの細長い腺で、導管は総胆管と合流して十二指腸に開いている。膵液を分泌する細胞群のところどころには異なった形の細胞群が点在し、これをランゲルハンス島(膵島)とよんでいる。ここではインスリンinsulin、グルカゴンglucagonなどのホルモンが内分泌される。

[市河三太]

口腔での消化

口から入った食物は下顎の運動、および舌、頬、口唇の働きで上下の歯列の間に移動され、すり合わされて細かく砕かれる。口腔内で分泌される唾液は、食物を口に入れる前から、すなわち、食物のことを考えたり見たりするだけでも分泌が始まるもので、そしゃく時にあっては、食物と混じり合って味覚を感じさせ、食物を飲み込みやすい形にする。唾液中にはプチアリンptyalinという酵素があり、糖質の分解が行われる。食物が飲み込みやすい状態になったら嚥下(えんげ)が行われる。なお、口腔粘膜からも、ある程度の物質の吸収が行われるが、重要な意味はもっていない。嚥下という動作は三つの過程に分けられる。第1期は食塊が口腔から咽頭に入るまでの時期で、これは、おもに舌やあごの筋が収縮することによって行われる随意運動である。第2期は咽頭を通過して食道に入るまでの時期で、これは、延髄にある嚥下中枢を介しての反射によるもので、複雑な不随意運動である。咽頭と口腔の間、および咽頭と鼻腔の間を遮断する運動、咽頭と喉頭(こうとう)を閉鎖する運動を経て食塊は食道へ流入する。第2期の嚥下運動には11個以上の筋が関与している。第3期は食物が食道を通過する時期である。食物は食道の入口からおこった蠕動(ぜんどう)によって運ばれる。食道は上部は骨格筋、下部は平滑筋よりなるが、蠕動の進行速度は上部のほうが速い。この運動には迷走神経が関与している。食道の下部は、括約筋はないが内圧が胃より高いため、胃の中の食物は逆流しない。しかし、嚥下が始まるとこの部の内圧は低くなるため、胃内への食物の流入はたやすくなる。なお、食道では蠕動によって食物が運ばれるため、逆立ちをしても、また無重力のところにいても、飲み込んだ食物は胃に送られる。

[市河三太]

胃における消化

胃壁は縦走筋、輪走筋、斜走筋の三つの筋層から成り立っており、内面はひだの多い粘膜で覆われている。胃が空虚なときは前後の壁は相接していてすきまはない。しかし、胃に食物が入ってくると、食物は入った順序に従って胃体部に層状に重積する。食物が入ると噴門部付近からくびれが生じ、くびれは幽門部へ向かって移動する。これを蠕動波という。蠕動は胃体部では弱いくびれであるが、幽門部近くになると大きくて強いくびれとなる。食物が噴門部から幽門部まで進むのには10~40秒かかる。幽門部は輪走筋がとくに肥大して幽門括約部を形づくっており、幽門部に食物がくるとこの括約部のため、大部分の内容物は胃体のほうに逆流する。このことを繰り返しているうちに、内容物は胃液と十分混和されて粥(かゆ)のような状態になる。そして少量ずつ十二指腸のほうへ移動していき、通常2~3時間で食物の80%は胃から排出される。胃のこうした運動は、迷走神経によって盛んになり、交感神経によって抑制されるほか、胃や小腸の粘膜から分泌される化学物質によっても調節されている。

 胃の粘膜には多くの分泌腺があり、塩酸、ペプシノゲンpepsinogenとよばれる酵素、粘液を分泌している。これらをあわせて胃液という。塩酸はペプシノゲンを活性化してペプシンpepsinにし、ペプシンはタンパク質をポリペプチドpolypeptideに分解する。また、塩酸にはタンパク質を膨化させて酵素が働きやすくなるようにする作用があり、タンパク質消化に重要な役割を果たしている。塩酸はこのほか、ショ糖を分解したり、さらに食物とともに入ってきた酸に弱い細菌を殺す作用ももっている。粘液は胃の粘膜を保護し、酸を中和する働きをもっている。なお、胃液には凝乳酵素や脂肪分解酵素も含まれている。

 このような作用をもつ胃液は、食物のことを考えたり、見たり、香りによる刺激だけでも分泌されるが、食物が胃の中に入ってきたときに、もっとも多量に分泌される。分泌は迷走神経によって促進されるほか、消化管から分泌されるガストリンgastrinや胃抑制ポリペプチドなどによって調節されている。また、感情の動きによっても胃液分泌は大いに影響を受ける。このことは、1833年に報告された次の観察によってよく証明される。すなわち、銃創のために胃に穴のあいたカナダ人患者の胃内部を観察した際、怒ったり敵意をおこしたりすると胃粘膜が充血して胃液分泌が盛んになり、逆に恐怖心をおこすと抑制されるという結果が出たというものである。このほかアルコール、カフェイン、肉エキスなどによっても胃液分泌は盛んになる。胃潰瘍(いかいよう)があるとき、アルコールやコーヒー、肉類を控えさせ、精神的動揺を少なくするように自己訓練させるのは、胃液の分泌を抑えて、胃壁になるべく刺激を与えないようにするためである。胃では養分の吸収はほとんど行われないが、アルコールやブドウ糖はわずかに吸収される。

 嘔吐(おうと)は、胃粘膜に刺激が加えられたとき(たとえば胃がん、胃潰瘍、急性胃炎など)、また胆石症、虫垂炎、腸重積のとき、脳の内圧が高まったり、車酔いなどのとき、さらに妊娠悪阻(おそ)(つわり)のときなどにおこる。嘔吐の状態での胃の運動をみると、平常とは逆に幽門部から蠕動波が発生し、噴門部のほうへ進む現象が認められる(これを逆蠕動という)。また、嘔吐の際には、腹筋が収縮して腹圧を高め、内容物の排出を助ける動作も加わってくる。

[市河三太]

小腸における消化

小腸では、粥状になって胃から送られた食物を、小腸運動と消化液によってさらに分解し、養分の吸収が行われる。

[市河三太]

小腸の運動と調節

小腸の運動には、局所収縮と伝播性(でんぱせい)収縮とがある。局所収縮は分節運動といわれるもので、小腸の数か所にくびれが生じ、やがて消失する。すると、次には他の部位に新しいくびれができて、また消失する。このような運動が0.5~1センチメートルの間隔で腸の全体にわたり、約5秒ごとに繰り返されるのが分節運動である。これにより、内容物は機械的に小さく分節され、消化液と混和される。伝播性収縮は蠕動といわれるもので、くびれが口側から肛門側へ向かって伝わる運動で、内容物の運搬の役割を果たす。ヒトの空腸では1分間に12回、回腸では10回、イヌの十二指腸では1分間に21回、空腸で17回、回腸で8~12回ほどの蠕動がおこるといわれている。また、伝播速度は1分間にイヌの十二指腸で8~22センチメートル、空腸で1.8センチメートル、回腸で0.2~0.7センチメートルとされる。このデータから、小腸上部のほうが下部に比べて運動が活発であることがわかる。

 腸壁粘膜を化学的に、または機械的に刺激すると、その興奮は腸壁にある粘膜下神経叢(そう)(マイスネル神経叢)から筋間神経叢(アウエルバッハ神経叢)に伝わり、そこから腸管の口側の筋肉には興奮、肛門側には抑制の信号が送られる。その結果、口側は収縮し、肛門側は弛緩(しかん)する。内容物はこの蠕動波によって、口側から肛門側に運ばれていく。このような方向づけを行うのが先に述べた神経叢で、これらの壁内神経叢をコカインなどで麻酔すると、方向性をなくしてしまうことが知られている。蠕動波は、腸管の全長にわたって間断なく伝播するわけではなく、一定の長さまで伝わるとそこで止まり、また新しい蠕動波がそこから生じて伝播していく。

 このような小腸の運動の調節をしているのは、神経とホルモンである。神経による調節は自律神経によって行われ、主として交感神経が運動を抑制し、迷走神経が促進する。この作用は、交感神経末端から分泌されるノルアドレナリンnoradrenalin、迷走神経末端からのアセチルコリンacetylcholinという化学物質を介して行われる。したがってこれらの物質を腸管に直接作用させても、同様の効果が得られる。またこのほか壁内神経叢には、アデノシン三リン酸(ATP)、セロトニンserotonin、ヒスタミンhistamineなどを末端から分泌して腸管運動を調節している神経のあることがわかっている。このほか、自律神経を介して、他の臓器に関連した反射による調節もある。これは腸外反射とよばれるもので、たとえば小腸内圧が高くなると大腸運動が抑制されたり、胃の内圧が高くなると回腸運動が盛んになったり、膀胱など他の臓器からの刺激によって腸の運動が抑制されたり促進されたりするというものである。

 ホルモンによる調節は、消化管粘膜から分泌される数多くの消化管ホルモンが行っている。そのうち、十二指腸から分泌されるコレシストキニン・パンクレオチミン(CCK‐PZ)やガストリンは小腸運動を亢進(こうしん)させ、セクレチンsecretinは抑制する。また、空腹時には腸管からモチリンmotilinというホルモンが分泌され、大きい蠕動波の群れを引き起こさせる。このように消化管ホルモンによっても、運動は微妙に調節されている。

[市河三太]

消化液の分泌と消化・吸収

小腸における消化液は、小腸内で分泌される腸液(空腸、回腸から分泌される液)のほかに、十二指腸には総胆管と膵管が開口して胆汁や膵液が流入している。胆汁にはグルココール酸やタウロコール酸など胆汁酸塩類が含まれている。これらの胆汁酸塩類は脂肪を乳化し、小さな脂肪滴にして、膵液の消化酵素リパーゼlipaseが作用しやすいように働く。膵液の中には多くの消化酵素が含まれている。タンパク質分解酵素トリプシンtrypsinはトリプシノーゲンtrypsinogenとして、キモトリプシンchymotrypsinはキモトリプシノーゲンchymotrypsinogenとして膵臓から分泌されるが、十二指腸液中のエンテロペプチダーゼenteropeptidase(エンテロキナーゼenterokinase)や膵臓から分泌されて活性をもったトリプシンによってそれぞれトリプシン、キモトリプシンとなる。タンパク質は胃液中のペプシンによって始められたペプチド切断作業(ポリペプチドへの分解)が腸内でも続けられ、ジペプチドdipeptideになる。脂肪分解酵素の膵リパーゼpancreatic lipaseはトリグリセリドtriglycerideをモノグリセリドmonoglycerideと脂肪酸に分解し、糖質分解酵素であるアミラーゼamylaseは唾液中のアミラーゼと同様に、デンプン、グリコーゲンなどを麦芽糖に分解する。このように膵液や胆汁の働きによって食物は分解されていくが、まだ完全ではなく、これに腸液中に含まれる分解酵素が加わって消化は完全なものとなる。小腸粘膜には分泌腺があり、粘液を分泌するが、小腸液中の消化酵素はここからだけ分泌されるのではなく、絨毛(じゅうもう)の上皮細胞にも多くの消化酵素が含まれている。上皮細胞では、細胞自体でも消化が行われるが、細胞が破壊される際にも、これに含まれる酵素が腸液中に放出されて、ふたたび消化作用を行うこととなる。上皮細胞では約30%が毎日壊されて新しいものと交代している。こうした腸液中の消化酵素によって消化は完了していくわけである。つまり、腸液中のラクターゼlactaseは乳糖をブドウ糖とガラクトースgalactoseに、マルターゼmaltaseは麦芽糖をブドウ糖に、スクラーゼsucraseはショ糖をブドウ糖と果糖にというように、糖質は単糖類に分解される。また、タンパク質は、ジペプチドにまで分解されていたものをさらに、腸液中のジペプチダーゼdipeptidaseによってアミノ酸に分解される。

 小腸ではこれらの分解産物の吸収も行われ、細胞内と腸管腔内の濃度差により受動的に吸収されたり、あるいは小腸の粘膜細胞にあるポンプ機構によって吸収されるほか、細胞のもつ食作用および飲作用などによっても吸収される。吸収は小腸の粘膜で行われるが、ここには1平方ミリメートルに約30個の絨毛があり、その表面の細胞は微絨毛で覆われているため、小腸の吸収面積は200平方メートルにも及ぶ面積となる。しかし、消化と吸収について考えた場合、どこまでが消化で、どこからが吸収かという区別をつけることはむずかしい。なぜなら、吸収は微絨毛膜を通して行われるが、微絨毛膜にも分解酵素が存在しており、この細胞膜では吸収と同時に消化も行われているからである(このことを膜消化という)。

 なお、きわめてまれではあるが、先天的に膜の酵素の一部が欠けている場合がある。たとえば、ラクターゼが欠けていると、乳糖の吸収が不完全となり、下痢や栄養障害をおこすこととなる。このような場合には、乳糖以外の糖質を補わなくてはならない。また、タンパク質は普通アミノ酸の形で吸収されるが、ポリペプチドやタンパク質のままで吸収されることがある。この場合は、これらが抗原となって血漿(けっしょう)中に抗体ができ、アレルギーを引き起こすことになる。卵の白身、魚などによって発疹(ほっしん)をおこすのはこの例である。

 吸収された栄養素は、細胞から絨毛の中心に分布している毛細血管やリンパ管の中に入り、門脈を通って肝臓に蓄えられるが、一部は各組織に配分されて使用される。なお、水分、電解質なども小腸において、そのほとんどが吸収される。

[市河三太]

大腸における消化

大腸へは回腸を経て内容物がだいたい30秒ごとに送られてくる。食物が口から入って大腸に至るまでには、食物の種類によって異なるが4~15時間かかるとされている。大腸にも分節運動、蠕動、逆蠕動がみられ、内容物は緩やかに往復運動を繰り返しながら肛門側へと移動する。大腸では主として水分の吸収が十分に行われる。また、胃に食物が入ると胃‐大腸促進反射がおこり、総蠕動といわれる強い収縮が2~4分ごとに生じて、大腸内の内容物を一挙にS状結腸および直腸にまで送り込むこととなる。

 大腸の運動も自律神経の支配を受け、交感神経は抑制的に、副交感神経は促進的に働く。このほか小腸の場合と同様に、胃、小腸、膀胱などとの間に反射が生じる。また、ホルモンによっても運動の調節は行われているが、まだあまり詳しいことは知られていない。大腸からはアルカリ性の粘液が分泌されるが、消化酵素はほとんど含まれておらず、大腸の壁を保護するのがその役目とされている。大腸では酵素による消化作用はないが、大腸菌、変形菌など100種以上の細菌が常在し、繊維の分解、細胞膜の破壊、発酵作用などを行っている。また、発酵やタンパク質の腐敗によって腸内ガスが生じるが、これは腸管を刺激して大腸の運動を促進する働きをもっている。大腸粘膜には吸収能力があり、ここで水分の吸収、塩類の吸収が行われる。直腸に麻酔剤や鎮痛剤を坐薬(ざやく)として挿入するのは、この吸収能力を利用しているわけである。

 直腸に内容物が入ってくると便意がおこり、仙髄にある排便中枢を介して反射的に直腸の蠕動の亢進、内外肛門括約筋の弛緩がもたらされ、排便が行われる。排便はS状結腸、直腸の収縮、腹圧の亢進によって行われるが、肛門挙筋が収縮して直腸の脱出を防いでいる。食物の種類によるが、平均して食後6時間で横行結腸、9時間で下行結腸、12時間でS状結腸に内容物が到達するといわれる。

[市河三太]

動物における消化

動物が食物として取り込んだ物質を吸収し、養分として役だつ形に変える作用を消化といい、多くの場合、高分子化合物を低分子化合物に分解する。原生動物や下等動物では細胞内消化がおこり、食物は食胞によって取り込まれてリソゾームなどの酵素によって消化される。多くの動物では消化は消化管でおこり、その構造と機能は食性に応じて次のようにきわめて多様である。

(1)草食動物 セルロースなどの多糖類は多くの場合消化管内の共生細菌によって行われる。反芻(はんすう)類では第1胃から第3胃には共生細菌がいて、第4胃のみが消化酵素を分泌する。草食性の軟体動物や棘皮(きょくひ)動物は海藻などをそしゃくするためにそれぞれ歯舌や「アリストテレスの提灯(ちょうちん)」といった独特の器官をもち、軟体動物はいくつかの植物性多糖類分解酵素を分泌する。草食性昆虫類はそしゃくのための砂嚢(さのう)に続く中腸において中腸腺からの消化酵素によって消化がおこる。木を食べるキクイムシ(等脚類)は多くの多糖類を分解する。

(2)堆積物(たいせきぶつ)摂食動物 ミミズは下層土などの堆積物を摂食するが、土や砂は砂嚢で破砕され、腸で有機物が消化される。ミミズの糞(ふん)は土壌と比較するとカルシウム、リン酸塩などを多く含み、ミミズによる土質の改良は牧草などにとって有用である。

(3)肉食動物 腔腸(こうちょう)動物は触手の刺胞によってとらえた獲物を腔腸内で消化する。棘皮動物のヒトデは二枚貝などの上に胃を裏返しに押し付けてタンパク質分解酵素を注いで消化する。頭足類は獲物を唾液腺の毒素で麻痺(まひ)させ、胃で予備的に消化したのちに、中腸腺のタンパク質分解酵素とデンプン分解酵素で消化する。ザリガニなどの甲殻類は胃に強力なそしゃく器をもち、消化盲嚢で消化する。

(4)濾過(ろか)摂食動物 固着海産無脊椎(むせきつい)動物は浮遊物を濾(こ)し取るための特殊な装置を備えている。ホヤは内柱の腺細胞でつくられる粘液上に粒子を集め、余分の水分は呼吸門から排出する。コケムシ類や軟体動物(カキなど)では高速で回転する棒状のものが消化管内にあって、ここで粒子を粘液上にとらえ、消化のおこる部分に送る。軟体動物の回転棒はムコタンパク質性で、晶体とよばれる。

(5)液体摂食動物 ミツバチの胃は蜜胃(みつい)とよばれて、蜜から花粉を濾し分けて蜂蜜(はちみつ)とする濾過装置をもつ。血液を吸うダニなどでは唾液腺から抗凝固剤が分泌され、クモ類は強力なタンパク質分解酵素を含む唾液を獲物にかけて消化する。ヒルは胃に普段の体積の10倍もの血液を蓄え、数週間ないし数か月後からやっと溶血して消化する。

[八杉貞雄]

『F・H・ネッター著、海藤勇他訳『チバコレクション 消化器』全3巻(1978~1979・日本チバガイギー社)』『銭場武彦著『胃・腸管運動の基礎と臨床』(1979・真興交易医書出版部)』『J・モートン著、八杉貞雄訳『消化管』(1980・朝倉書店)』『佐藤信紘監修、川野淳・三輪洋人編『消化器学用語辞典――食道・胃・腸』新改訂版(1999・メディカルレビュー社)』『W・F・ギャノング著、岡田泰伸・赤須崇・上田陽一他訳『医科 生理学展望』原書20版(2002・丸善)』『竹井謙之・佐藤信紘著『消化器学用語辞典――肝・胆・膵』(2004・メディカルレビュー社)』『石井裕正他編『臨床消化器病学』(2005/普及版・2012・朝倉書店)』『上西紀夫他編『消化器学』(2005・メジカルビュー社)』


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改訂新版 世界大百科事典 「消化」の意味・わかりやすい解説

消化 (しょうか)
digestion

生物が外界から食物としてとり入れたタンパク質,脂肪,炭水化物などの高分子を,吸収可能な低分子にまで分解する過程を消化という。

生体外での酵素反応である発酵現象は,早くから発酵素fermentの概念を生んだ。消化も同じく酵素反応だが,生体内での反応なので,むしろ精気の転成という見方でとらえられた。17世紀にJ.B.vanヘルモントは発酵素の概念を初めて消化に持ち込み,6段階の消化を区別した(1615)。第1と第2は胃と腸での消化であり,第3の消化では粗い血液が生成される。第4と第5の消化では血液が精気へと精練される。第6は体内の多くの〈胃〉による消化で,〈それぞれの場所に固有の発酵素が自己の食物を消化する〉。最後のものは,現代でいえば組織での代謝全般であり,上記の第1と第2が今日の消化,第3~第5は吸収と同化にあたる。F.シルビウスは唾液の役割に注目し,また化学の目で消化を見ることを強調した。その門からでたR.deグラーフは,膵液の意義を論じた(1664)。ブルンナーJohann Conrad Brunner(1653-1727)はイヌの膵臓摘出実験を行い(1682),また十二指腸腺を発見した(1687)。こうして消化の化学的研究が深まった。同時にこのころから消化の物理(力学)的な側面も取り上げられるようになり,G.A.ボレリは,鳥の胃が砂を含んでいてひき臼の作用をもち,ガラス球や木片も破砕することを述べた。しかし彼は,消化液の作用も否定したわけではない。R.A.F.deレオミュールは金属製の籠に肉片や骨片をいれてトビに飲みこませ,破砕作用がなくても消化が起こることを実証した(1752)。大実験家L.スパランツァーニはこの方法を多種類の動物に広げ,自分自身も木製の小管を飲んで実験した。さらに動物にカイメンを飲ませて胃液を得て,生体外で消化を観察した。19世紀には化学的研究がさらに進み,T.シュワンは胃の可溶性酵素をペプシンと名付けた(1836)。やがて唾液のジアスターゼや膵液のトリプシンも発見,命名された。食物成分の分解と吸収に関しても,たとえば脂肪は分解されて,古くから知られていた乳糜(にゆうび)管を通って吸収されるなど,具体的な知識が蓄積されていき,20世紀の研究につながっていったのである。
執筆者:

自由生活を営むすべての動物には消化機能があるが,内部寄生性の動物の多くは消化機能がなく,宿主が消化した物質を体表から吸収する。また植物でも,食虫植物は捕らえた昆虫類を消化する酵素を備えている。

 大きな塊の食物をとっている動物の場合,消化の第1段階はそれを砕いて嚥下(えんげ)しやすく,消化液に触れる面積を広くすることである(物理的消化)。ついで消化酵素による加水分解が起こる(化学的消化)。この酵素的消化過程が細胞内で行われるのを細胞内消化intracellular digestion,細胞外で行われるのを細胞外消化extracellular digestionという。細胞内消化は明らかに原始的なものであり,動物の進化とともに細胞外消化に移行してきたと考えられる。

 原生動物やカイメン類はもっぱら細胞内消化を行う。腔腸動物になってはじめて細胞外消化がみられ,これによってある程度処理されたものが細胞内で消化される。扁形動物には種によって,細胞外消化のみを行うものと細胞内消化のみを行うものがある。ヒモムシ類,ゴカイ類および軟体動物は発達した消化管をもっていて,本質的には細胞外消化であるが,中には消化管壁の遊走性アメーバ細胞amoebocyteが細胞内消化をしてこれを補っている場合もある。頭足類,甲殻類,昆虫類,センチュウ類,脊椎動物では細胞内消化はほとんどみられない。

 細胞内消化が行われるためには,食物がはじめから細胞内にとり込むことができるほど微細であるか,または,あらかじめ細胞外消化をして,そのような大きさにしておくことが必要である。食細胞作用や飲細胞作用(エンドサイトーシス)で細胞内にとり込まれた食物の消化にはリソソームが重要な役割を果たしている。リソソームは細胞質内にある小胞状の細胞器官で,ホスファターゼ,ペプチダーゼ,グリコシダーゼなど多種類の酸性消化酵素を備えている。食物を含んだ液胞(食胞)がこれと融合し,消化が行われると考えられている。細胞外消化は一般に消化管の前部で行われる(これを消化管内消化という)が,動物によっては口から消化液を出し,あらかじめ,ある程度消化したものをとり入れるという方法をとるものもある(体外消化)。たとえば,クモやアリジゴクは餌動物にプロテアーゼをしみ込ませて半消化したものを吸い込む。ヒトデは消化管を体外に出して餌動物を包み込んで消化するので,体外ではあっても消化管内消化である。

 消化酵素はすべて加水分解酵素であるが,いろいろな種類があって,個々の動物のもっている消化酵素の構成は種特異的であり,食物の性質や摂食法および動物の進化過程と大きなかかわりがある。ある物質の食物としての価値は,動物の消化能力に依存する。たとえば,一般に哺乳類の子どもは,乳汁に含まれる乳糖をブドウ糖とガラクトースに分解するラクターゼをもっているが,他の脊椎動物にはない。また,乳糖その他の糖類を含まない乳を出すアザラシ,アシカなどの海獣も,この酵素をもっていない。昆虫はブドウ糖とガラクトースを栄養として利用できるが,乳糖を利用できないことが実験的に知られている。これはラクターゼを欠いているからである。また菌類を食べている昆虫の腸内には,菌類に多く含まれている二糖類のトレハロースをブドウ糖に加水分解するトレハラーゼがある。高級脂肪酸と高級アルコールのエステルである蠟は,リパーゼでは加水分解できないから,普通動物にとって栄養的価値のないものであるが,ハチノスツヅリガの仲間の幼虫は蜜蠟だけで育つ。南アフリカに住むミツオシエというキツツキ類の鳥は,蜜蠟を好んで食べている。後者の場合は消化管内に共生する細菌の働きで消化している。

 一般に植食動物は,肉食動物にくらべて,はるかに多種類の炭水化物分解酵素をもっており,そのうえ,自身では消化できないものでも,消化管内に共生している細菌や原生動物の分解作用によって生じた産物を利用している場合が多い。これを共生消化という。草食獣とくに反芻(はんすう)類やシロアリなどにおけるセルロースの利用は有名な例である。
共生栄養
執筆者:

消化とは加水分解反応にほかならないが,消化管内にはそれぞれの高分子物質を逐次分解していく消化酵素が消化腺から分泌されたり,小腸の細胞の膜に備わっていてその反応を触媒している。三大栄養素のうち,炭水化物およびタンパク質の消化と,脂質の消化にはやや異なった様相がみられる。前者の消化は管内の中間消化(管腔内消化)と小腸細胞による終末消化の二つの段階に大別できる。管腔内消化は,食物が分泌された消化液と混和し,消化液中に含まれている消化酵素の作用で行われる消化で,管内消化ともよばれるが,この過程は高分子物質から一挙に直接吸収しうる低分子物質を産生するのではなく,高分子内部の結合を切断して逐次分子を細かくし,吸収しうる低分子の一歩手前の段階までの消化をうけもつものである。したがって中間消化とよばれる。消化の第2段階はこのようにして産生された中間消化産物が,小腸の吸収上皮細胞の管腔に面した側の細胞膜表面または細胞の中で加水分解される過程で,糖は単糖類,タンパク質はアミノ酸にまで分解される。この過程を終末消化とよぶ。吸収細胞の管腔側は特殊な構造になっており,直径約0.1μm,長さ約1μmの細胞質突起(微絨毛microvillus)が整然と密生している。この微絨毛間の間隙(かんげき)は幅0.1μmとひじょうにせまく,細菌その他の微生物のはいり込めない空間となっている。この微絨毛表面の細胞膜には構成タンパク質の一部として多糖類分解酵素(グルコアミラーゼ),各種の二糖類加水分解酵素,アミノペプチダーゼその他の酵素が存在している。糖質やペプチドの最終的な消化はここで行われ,この特殊な空間に出た最終消化産物は同じ細胞膜に備わった,濃度こう配に逆らって行われる強力な能動輸送によって,速やかに細胞内にとり込まれる。

食物中の炭水化物の大部分はデンプンであるが,デンプンにはブドウ糖がα-1,4グルコシド結合のみで多数重合した直鎖構造のアミロースと,α-1,4グルコシド結合のほかに数%の割でα-1,6グルコシド結合を含む樹枝状構造のアミロペクチンの2種が混在する。唾液中のアミラーゼ(プチアリン)はα型であり,α-1,4グルコシド結合を加水分解して低分子のデキストリンを産生し,最終的にはマルトース(麦芽糖)にまで分解する。α-アミラーゼはα-1,6グルコシド結合には作用しないため,アミロペクチンの場合はグルコースがα-1,6グルコシド結合で2分子結合したイソマルトースが数%産生される。唾液腺アミラーゼの至適pHは6~7であり,胃の上部に食物と唾液の混和したものが停留している間,消化は進行する(これを胃内消化という)が,胃酸と混和するとその活性は失われる。食物が胃から十二指腸に送られると,膵臓から分泌されるα-アミラーゼ(アミロプシン)により再び消化は進行する。膵液アミラーゼは,唾液アミラーゼと類似の性質をもっている。産生されたマルトース,イソマルトースまたはそれよりやや大きいオリゴ糖は,次いで終末消化の段階にはいる。オリゴ糖は微絨毛膜のグルコアミラーゼ(γ-アミラーゼともいう)の作用をうけ,分子末端からブドウ糖,マルトースを遊離させ,二糖類はやはり膜に存在する二糖類加水分解酵素(マルターゼ,イソマルターゼ,スクラーゼ,ラクターゼ,トレハラーゼ)によってそれぞれ単糖に分解される。これらの酵素は生理的条件下では,膜から離れて管腔内液に溶出することはなく,基質が膜の酵素に接触,結合して反応が進行する。このような消化を膜消化という。

成人の1日当りの食品タンパク摂取量は約50~80gであるが,実際に腸管で吸収されるタンパク質の量は,このほかに消化液に分泌されるタンパク質および脱落上皮細胞に由来するタンパク質が同程度ある。これらのタンパク質も,管内消化(中間消化)と膜消化および細胞内消化の2段階の消化によって,最終的にはアミノ酸の形で血中に吸収される。タンパク質の管内消化に関与する酵素として,胃底腺の主細胞から分泌されるペプシンがある。ペプシンの至適pHは約2で,変性したタンパク質にのみ作用し,芳香族アミノ酸のアミノ基が関与しているペプチド結合を選択的に切り離す。膵液は多量の炭酸水素イオンを含み,胃より送り出された内容物の中性化に働くが,そうなるとペプシンの作用は消失する。小腸管腔内では,膵液中のタンパク質分解酵素であるトリプシン,キモトリプシン,カルボキシペプチダーゼが働くが,これら酵素もそれぞれ特異的に作用するペプチド結合がきまっており,それらの総合的な作用によって,小腸管腔内では各種の段階のオリゴペプチドならびにアミノ酸が産生される。通常小腸内では,ペプチドのほうがアミノ酸よりずっと多い状態になっており,そのような状態で吸収が進行している。オリゴペプチド,とくにやや大きいペプチドは,細胞の管腔側膜に存在するアミノペプチダーゼにより,N末端から加水分解され,産生されたアミノ酸は,膜輸送担体を介して吸収される。ペプチドの場合は,この膜消化のほかに,ジペプチドおよびトリペプチドを,このままの形で細胞内にとり込む担体が発達しており,かなりの部分のペプチドは,この輸送担体によって細胞内にとり込まれ,細胞内に豊富に存在するペプチダーゼによって,速やかにアミノ酸に加水分解される。この過程を細胞内消化という。

食物中の脂肪の大部分は中性脂肪(トリグリセリド)であるが,これは胆汁酸の存在下,腸管運動のかくはん混和作用により,乳化された状態で膵リパーゼの加水分解作用をうけ,モノグリセリドと脂肪酸に加水分解される。脂肪の加水分解を触媒するリパーゼは,脂肪と水の界面で作用するので脂肪が乳化され,反応表面積が増加していると加水分解は著しく促進される。リパーゼの至適pHは約7である。脂肪消化産物は胆汁酸とともに疎水基を内に,親水基を外に向けた分子会合ミセルを形成するようになる。ミセルは水溶液中で安定であるため,疎水性の脂質消化産物もこの形になると,吸収上皮細胞膜までの水層拡散が容易となる。なお,炭素数が6~10のいわゆる中鎖脂肪の場合の消化は上記と異なる。この場合は,リパーゼにより脂肪酸とグリセリンに加水分解され,加水分解産物はミセルの形にならなくとも,吸収上皮細胞膜への拡散が比較的容易である。中鎖脂肪は,肝胆道疾患など胆汁酸分泌障害の患者などに医療として用いられるが,必須脂肪酸は含まれない。
吸収
執筆者:

口腔内にとり込まれた食物は,消化管を口側から肛門側に移動しながら,消化液と混和して消化,吸収を受け,ついには大便となって体外に排出される。消化管内容の前進と混和は,消化管壁の筋の収縮によって行われるが,このような消化管の運動を消化管運動という。前進速度は部位によって異なり,胃腸にいたる単なる通路である咽頭→食道下端部間では速く,胃→直腸間では一般に遅い。混和により小腸では,消化液中の消化酵素が有効に作用し,小腸と大腸では,粘膜との接触が盛んに行われて吸収が促進される。

 ヒトの消化管壁筋組織は,口側端(口腔から上部食道まで)と肛門側端(外肛門括約筋)に横紋筋があるほかは,すべて平滑筋である。平滑筋層は外側の縦走筋層,内側の輪走筋層,粘膜と粘膜下組織の間の粘膜筋板より成る。胃幽門部や回盲部などの特定の部位では,輪走筋や縦走筋がとくによく発達し,消化管の通路を開閉する関所のような役割を果たして,内容の前進速度を調節している。このような部位を括約部という。消化管平滑筋は交感神経(食道を除く)と副交感神経の二重支配を受けている。平滑筋の収縮は前者により抑制され,後者により促進されることが多い。これらの神経(外来神経)は消化管壁内神経叢(筋層間神経叢と粘膜下神経叢)に連絡する。消化筋の運動は,いくつかの反射によって調節されている。たとえば,摂食後には,急に強い大腸の運動が起こるが,これを胃-大腸反射gastrocolic reflexという。また嘔吐時には小腸運動が抑制されるが,これは胃-小腸抑制反射gastroenteric reflexのためである。また消化管ホルモンも消化管運動の調節にあずかる。たとえば,ガストリンは胃運動の促進,幽門括約部の弛緩,食道下部括約部の収縮,小腸運動と胆囊収縮の促進をひき起こし,セクレチンは食道下部括約部,胃,小腸の運動を抑制する。

 消化管運動には大別して,蠕動(ぜんどう)と分節運動の二つの型式がある。(1)蠕動peristalsis 消化管の一部で内外両筋層が収縮し,この収縮が口側から肛門側に波として伝わっていく。この収縮波によって消化管はしごかれ,内容は前進する。蠕動は食道以下のあらゆる部分でみられ,消化管内容輸送の原動力である。小腸と大腸では内容を一掃するような強い蠕動の起こることもある。十二指腸起始部や盲腸では逆方向の収縮波(逆蠕動)も認められる。逆蠕動は内容の混和に役だつ。その他の部位で逆蠕動が起こるのはおおむね通過障害のある場合である。(2)分節運動segmentation contractions 小腸と大腸に見られる。まず腸管のある部位に輪走筋層の収縮によるくびれが数ヵ所に生じ,その収縮がしだいに強くなったのち,くびれの部分は弛緩し,くびれとくびれの中間部に新しいくびれを生じ,ついで弛緩する。これが繰り返し起こる。この運動は腸管内容をかくはんし,こねまわし,消化と吸収を促進する。しかし,内容の前進には関与しない。分節運動は摂食により著しく盛んになり,絶食していると少なくなる。
執筆者:

食物のとり込み,貯留,消化,吸収を行う器官をいう。脊椎動物の消化器官は,原腸が口陥および総排出腔陥で胚体外に開口してできた消化管と,その付属器官とよりなる。消化管は発生的に体腔外の頭腸(口腔,鰓域(さいいき))と体腔内の胴腸(前腸,中腸,終腸)に区分される。口腔は食物のとり込み,咀嚼(そしやく),嚥下,味覚の場である。鰓域は魚類の呼吸作用に関連し,肺呼吸動物では咽頭となる。前腸(食道,胃)は食物の輸送と一時的貯留および限られた消化・吸収作用をもつ。中腸(小腸)は消化,吸収の主要な場である。終腸(大腸)はおもに食物残渣(ざんさ)の処理,排出の場であるが,草食性哺乳類の一部では腸内細菌の関与する消化,吸収の場となる。

 口腔の付属器官には,舌,歯,口腔腺がある。舌は捕食に関係した器官で,種属により変化があり,両生類(無尾類),爬虫類(有鱗類)などで発達し,鳥類,哺乳類でとくに大型である。有鱗類の発達した舌は鋤鼻(じよび)器官に連動した嗅覚作用をもつ。味覚は舌の重要な機能ではないが,哺乳類の筋質の舌には多数の味蕾(みらい)が乳頭内に見られる。歯は口腔の表皮に由来する硬質構造で,採食のため発達したが,四肢動物では一般に円錐形の同型歯で歯根がなく,かつ交換を繰り返す多代性歯である。哺乳類の異型歯はその多様な食性の変化に対応したもので,1回しか交換しない二代性歯となったのは,哺乳の習性の発達に関連したものと考えられる。

 口腔腺は粘液を分泌して食物をしめらせ,飲み込みやすくする。普通小型の腺が口蓋や舌で見られるが,哺乳類では大型の複合腺である大口腔腺(耳下腺,下顎腺,単孔舌下腺,多孔舌下腺,頰骨(きようこつ)腺,眼窩(がんか)下腺など)が見られる。耳下腺のみが漿液(しようえき)腺でアミラーゼを分泌するが,その消化上の寄与はヒトにおけるほど重要ではない。反芻類やハムスターなどでは,唾液は体内窒素リサイクルの重要な径路となっている。ヘビの毒腺は口腔腺の変化したものである。なお,口唇は哺乳類特有のもので,哺乳のため発達したものである。

 肝臓は中腸起部腹側から出芽形成された大型消化腺で,胆汁を胆管により小腸内に分泌する。また特殊な腸静脈(門脈)により,吸収された栄養分に富んだ血液を受け入れて代謝,調節を行う。例外としてヤツメウナギの肝臓は腸と連絡がなく,血液循環に関係するのみである。肝臓は中腸の背・腹側から出る3個の原基に由来し,肺魚類や多くの硬骨魚類ではまとまった腺体をつくらない。鳥類では4葉に分かれる。哺乳類でもウサギなどのように分散するものもあるが,一般には一つの腺体にまとまる。膵臓の外分泌細胞は強力な消化酵素を合成し,膵管(1~3本)により腸内に分泌する。内分泌細胞の大半は集合してランゲルハンス島を形成する。同種類の内分泌細胞は胃腺および腸,とくに十二指腸に多く存在し,消化機能の調節を行っている。
執筆者: 無脊椎動物では,大多数の動物がもつ消化管の形態的,機能的に分化した各部域や,腔腸動物の胃腔が消化器官にあたる。消化管の口に近い部域である口腔,咽頭,食道は,主として食物の摂取,破砕,貯蔵の役割を果たし,歯,とげ,貯囊などを発達させていることが多い。これにつづく胃,腸では,付属する消化腺や盲囊が発達し,主として消化,吸収を行う。消化器官とそれに付属する消化腺などの付属器官をあわせて,消化器官系とするが,腔腸動物,環形動物,触手動物などの触手,ひも形動物の吻(ふん),軟体動物の腕,節足動物の口器付属肢,毛顎動物の顎棘(がつきよく)などの摂食・捕食器官は,一般に消化器官系には含められない。
執筆者:

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百科事典マイペディア 「消化」の意味・わかりやすい解説

消化【しょうか】

生物が摂取した食物を吸収可能な低分子化合物に分解すること。高等動物では各種の消化器官で細胞外消化が行われる。作用形式によって口腔内での咀嚼(そしゃく),胃腸の蠕動(ぜんどう)運動,分節運動などによる混合・運搬などの機械的消化と,消化酵素による化学的消化に大別される。食物はまず口腔内でかみくだかれ,プチアリン(唾液(だえき)アミラーゼ)を含む唾液と混ぜ合わされ,次に嚥下(えんげ)によって食道を経てに送られ,胃体部に堆積,胃液と混ぜ合わされる。胃ではペプシンがタンパク質をポリペプチドに分解,脂肪分解の胃リパーゼも少量分泌される。小腸に食物が入ると,膵液(すいえき),胆汁(たんじゅう),腸液の分泌が促される。これらは弱アルカリで胃液の酸性を中和しペプシンの働きを押える。ここではトリプシン,キモトリプシン(膵液),エレプシン(腸液)によってタンパク質,ポリペプチドはアミノ酸に,ステアプシン(膵液)によって脂肪は脂肪酸とグリセリンに,サッカラーゼ,マルターゼなどによって炭水化物はブドウ糖その他の単糖類に分解され,腸壁面より吸収される。次の大腸では消化酵素の分泌はなく,もっぱら水の吸収が行われる。あとに残された不消化物,消化液の残部などは糞便(ふんべん)として排出される。なお原生動物や海綿動物では特別な消化管をもたず,細胞内消化が行われる。食物は食作用によって(アメーバ,鞭毛(べんもう)虫など),また細胞口を通って(繊毛虫など)細胞内に取り込まれ,細胞はこれを取り囲んで食胞を形成。消化液は周囲の細胞質から食胞内に分泌される。また,植物でも食虫植物は捕らえた昆虫を消化酵素または微生物の作用によって消化する。
→関連項目消化器官小腸

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「消化」の意味・わかりやすい解説

消化
しょうか
digestion

生物が摂取した食物を,栄養として吸収するのに可能な形に変化させる生理作用をいう。消化過程には食物を機械的に細分したり,消化液を混和したりする物理的過程と,それらの細分化した物質をコロイド粒子や分子レベルまで分散,分解させる化学過程とがあり,この2過程が平行して継続的に行われる。化学過程では消化酵素が働く。消化の方法により体外消化と消化管内消化,または細胞外消化と細胞内消化に分類される。クモ類のように,口器で捕えた獲物に消化液を注入して,体外で消化するものや,食虫植物などは体外消化である。一般に高等動物では消化管内消化で,細胞外性が高度に発達している。消化の最終産物は,炭水化物ではグルコースなどの単糖類,蛋白質ではアミノ酸,脂質ではグリセロールと脂肪酸などである。

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普及版 字通 「消化」の読み・字形・画数・意味

【消化】しようか

こなす。

字通「消」の項目を見る

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栄養・生化学辞典 「消化」の解説

消化

 取り込んだ高分子の物質を低分子の物質に加水分解して吸収するまでの過程.

出典 朝倉書店栄養・生化学辞典について 情報

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