改訂新版 世界大百科事典 「卵巣腫瘍」の意味・わかりやすい解説
卵巣腫瘍 (らんそうしゅよう)
遺伝子など複数の原因で,卵巣に種々の大きさに増大する腫瘤が発生したものをいう。
卵巣腫瘍の種類
卵巣には良性,悪性を含めて,数多くの腫瘍が発生する。卵巣を形成しているおもな細胞,組織には表層上皮,卵細胞(胚細胞),性索間質(顆粒膜,莢膜細胞),間質(結合組織)などがあるが,これらがそれぞれ腫瘍化しうる。表層上皮の腫瘍化したものには卵巣囊腫や卵巣癌などがあり,最も発生頻度が高く,卵巣腫瘍全体の約2/3を占める。卵細胞の腫瘍化は一般に,20歳前後の比較的若い人に発生することが多い。毛髪や歯,骨などの組織分化がみられる成熟囊胞性奇形腫(皮様囊胞腫)が最も多く,まれに,胎芽性癌のように,きわめて悪性な経過をとる腫瘍もある。性索間質が腫瘍化するとホルモンを産生する腫瘍となる。幼小児期や,50歳以後の閉経期にも発生することがあり,月経様の不正性器出血や,性早熟症,乳房肥大などの症状を呈したり,男性ホルモンが産生されると声音低下,多毛,無月経など男性化の徴候を示すようになる。
卵巣腫瘍は切り割った割面の状態によっても分類されている。すなわち,割面が水様あるいはゼラチン様の内容液で満たされ,充実部のまったくない腫瘍を囊胞性腫瘍といい,臨床時には良性経過を示す腫瘍である。一方,割面が充実部で占められている場合を充実性腫瘍といい,囊胞部と充実部が混在しているときは半充実性腫瘍というが,この両者を含めて充実性腫瘍と呼称され,その約85%は悪性経過を示すことが多いので,手術時,腫瘍割面を注意深く観察することはきわめて重要である。さらに,卵巣は胃癌や乳癌からも転移しやすい臓器で,消化器癌を原発巣とし,両側の卵巣に発生して粘液を産生する転移性癌はクルーケンベルク腫瘍ともいわれ,有名である。そのほか,卵巣は炎症やホルモン投与,子宮内膜症によっても腫大することがあり,これらは類腫瘍と病変呼ばれている。
卵巣腫瘍の疫学
前に述べたように,卵巣腫瘍は幼小児期を含め,あらゆる年齢層に発生する。若年者では胚細胞腫瘍が多く,40~50歳代は卵巣癌の好発する年齢である。卵巣癌は先進国の,中産階級以上の恵まれた暮しをしている人に発生することが多いけれども,そのほんとうの原因は現在のところ不明である。先進国のなかで日本の発生頻度は最低で,北欧諸国の1/5程度であるが,同じ人種でもハワイの日系アメリカ人の卵巣癌による死亡率は日本人の2倍以上である。この原因はおそらく,生活環境,とくに食生活の違いによるのではないかと考えられている。
また,長期間卵巣機能に異常があって,月経異常や流産,不妊であった人が卵巣癌にかかりやすいともいわれているが,いずれにせよ,現在の日本における統計では卵巣腫瘍の85%は良性で,悪性は15%の頻度を示すにすぎない。
症状と診断,治療
症状としては腫瘍が小さければホルモン産生腫瘍を除き,無症状であり,こぶし大や小児頭大の大きさになれば〈なにか下腹部に硬いものを触れる〉というような自覚症状を訴えるようになり,さらに大きくなれば腹部全体がなんとなく張ってくるようになる。この腫瘍が腹腔,直腸,神経などを圧迫すれば,頻尿,便秘,下腹痛や腰痛などの症状が出てくる。また,卵巣のホルモン産生機構にも影響し,月経異常や不正出血などが起こり,とくにホルモン産生腫瘍では著しい。さらに合併症として,卵巣と子宮をつなぐ細い軸がねじれることがある。これを〈卵巣腫瘍の茎捻転〉というが,下腹部に激痛を訴え,救急手術をしなければならない。腹水は良性,悪性を問わず合併することが多く,腹部全体が張ってくる。
卵巣腫瘍の発見の第1は婦人科診察(内診)による骨盤内の腫瘤の触知であるが,近年,超音波断層撮影やCT検査などによる画像診断の進歩が著しく,腫瘍割面の性状が手術前でもよくわかるようになった。また,主として腫瘍細胞が産生する物質(腫瘍マーカー)が血液生化学的につぎつぎと発見され,術前に約90%は腫瘍の種類や良性,悪性の鑑別も可能となった。
治療としては腫瘍を切除しなければ治らないが,悪性であれば,さらに癌化学療法,放射線療法,免疫療法などが行われる。しかしながら,卵巣癌の手術後5年生存率は約40%,卵巣内に限局している早期癌でも90%くらいで,子宮頸癌と比べても予後やや不良な癌といえる。これは腹腔内に卵巣があって,早期診断法が確立されていないためと,癌が比較的早く腹腔内に広がりやすいためと考えられる。したがって,30歳を過ぎたら,子宮癌検診と同時に,婦人科診察を受け,無症状であっても,骨盤内の腫瘤の有無を検査することがたいせつである。
執筆者:寺島 芳輝
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報