日本大百科全書(ニッポニカ) 「慣性航法装置」の意味・わかりやすい解説
慣性航法装置
かんせいこうほうそうち
地上の航法援助施設からの電波や地磁気等に頼らずに、移動する船舶や航空機の加速度から、移動方向、速度、距離を求め、位置を決定するための搭載用航法装置。INS(inertial navigation systemの略称)、IRS(inertial reference systemの略称)、SINS(船舶の場合)、イナーシャルガイダンス(inertial guidance)、慣性航法システムともいう。加速度計で検出した移動体の加速度を一度積分すれば速度が、二度積分すれば移動した距離が出るという原理に基づく、加速度(慣性)を利用した航法装置である。
装置は四つの要素から構成されている。
(1)ジャイロにより、移動体内につねに重力の方向に直角な水平面(プラットホーム)と、方位の基準である真北を設定する。
(2)プラットホームに設けられた高感度の加速度計により、移動によって生ずる加速度を検出する。
(3)検出された加速度をデジタルコンピュータで積分計算して移動距離や速度を算出し、その他の情報と組み合わせて必要な情報に換算する。
(4)算出された速度、位置、進行方向などのデータをデジタル表示する。
移動体の加速度だけを計るには、重力が加速度に混入しないように、プラットホームが完全に水平であることを要する。この水平を得るために、19世紀にドイツのゲッティンゲン大学のシューラーが開発したシューラー同調を利用する。つまり、移動体に取り付けた単振子は加速度によって垂直線からある角度振れるが、振子の糸を地球の中心に達するまで延ばせば、加速度による振れはなくなるという原理である。地球の半径をL、Lの長さの振子の周期をT、重力による加速度をgとし、
の固有振動周期をもつプラットホーム上に加速度計を置き、最初にプラットホームを水平に調整すれば、つねに水平が保たれる。
1938年にオーストリアのボイコウが得た特許が慣性航法の初めである。この原理は第二次世界大戦のドイツのV2ロケットに使われ、のちにアメリカのXN‐1ロケットの慣性誘導装置として実用化された。その後、アメリカのドレーパーCharles Stark Draper(1901―87)は、ジャイロの回転ケースを油に浮かべることによってジャイロのドリフト(方向指示のふらつき)を改善し、高性能のレート積分ジャイロを完成した。これが原子力潜水艦ノーチラス号に採用され、1958年に慣性航法によって北極点に達した。現在用いられている慣性航法装置は、次の4種類に分類される。
(1)幾何学的方式 開発の当初から用いられている方式。ジャイロによって支えられたプラットホームに加速度計が置かれている。コンピュータとの連動をあまり必要とせず、構造は簡単だが大型である。主として船舶用。
(2)半解析式 水平台の上にジャイロと加速度計が取り付けられる。幾何学的方式より小型なので航空機に用いられ、INSとして航空機に装備されている。
(3)解析式 ジャイロと加速度計を移動体に固定されたプラットホーム上に置く。プラットホームが水平でないので、出力加速度から重力成分を計算機によって差し引く必要がある。小型なのでロケットや人工衛星に使用される。
(4)ストラップダウン式 プラットホームがなく、ジャイロと加速度計を直接移動体に取り付け、航法データはすべてコンピュータが算出する。コンピュータの発達により、この形式が主流になりつつあり、慣性基準装置(IRS)として最新の航空機に装備されている。現在の民間輸送機はほとんど慣性航法装置により運航されており、INSまたはIRSが装備されている。
[青木享起・飯島幸人・仲村宸一郎]