慣性航法(読み)カンセイコウホウ(その他表記)inertial navigation

デジタル大辞泉 「慣性航法」の意味・読み・例文・類語

かんせい‐こうほう〔クワンセイカウハフ〕【慣性航法】

航空機船舶ロケットなどの航法の一。ジャイロスコープ加速度センサーなどで移動中の加速度を測定し、積分計算によって速度・距離を算出して自己位置を求めながら所定航路を航行する方法

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改訂新版 世界大百科事典 「慣性航法」の意味・わかりやすい解説

慣性航法 (かんせいこうほう)
inertial navigation

検出した加速度を基に自分の位置を求める航法で,三次元の加速度を測定する加速度計およびこの加速度から速度,移動距離などを計算するコンピューターなどから成る慣性航法装置(INS。inertial navigation systemの略)を用いる。従来の天体測定による航法,あるいは地上局からの電波による航法と異なり,外部からの援助を必要としないので,悪天候,電波障害などの外界の影響を受けることなく,短時間に現在位置を含む種々の航法諸元を算出表示することができ,慣性航法装置を装備した航空機では航空士を必要としない。現在,慣性航法は航空機をはじめ潜水艦などの船でも利用されているほか,その原理はロケット,ミサイル,宇宙船の誘導慣性誘導)にも用いられ,また自動車への利用も図られている。

慣性航法において自分の位置を知るのに利用されているのは,外力が作用しない限り物体はその運動(静止を含めて)の状態を保ち続けるという運動の第1法則と,運動状態が変化するときは外力に比例した加速度を生じ,その方向は外力と一致するという第2法則である。いま簡単のため,直線上の1点(O)に静止していた物体がその直線上を移動する場合を例にとって慣性航法の原理を説明してみよう。移動を始めれば(運動状態の変化)物体には加速度を生じている。時々刻々の加速度を測定し,これを時間の関数として積分すればその時刻における物体の速度が求まり,さらにもう1回積分すればその時刻までの移動距離,すなわちO点を基準とした位置が求まることになる。航空機などのように三次元での位置を求めるのには,互いに直交する3方向の加速度を測定しなければならないが,原理的には一次元の場合とまったく同じである。慣性航法という名は,このように物体のもつ慣性という性質を利用していることによる。

慣性航法装置は第2次世界大戦においてドイツのV2号に用いられたのが初めで,戦後,長距離ミサイルや宇宙ロケットの軌道制御装置として開発が続けられ,その性能は著しく向上した。1953年,アメリカにおける6000マイルの飛行実験で,誤差わずか15マイルという成果をあげ,さらに改良された船舶用システムにより58年に原子力潜水艦ノーチラス号が北極海の潜航横断に成功,62年にはアメリカの有人衛星第1号フレンドシップに搭載,打ち上げられ,その有用性が立証された。民間航空機用としては小型化,長時間耐用の信頼性,価格などの実用性について改良が続けられてきたが,68年アメリカ連邦航空局によって正式に認可され,69年に最初の広胴機として製作されたボーイングB747型以降の新型輸送機の長距離用航法システムには,ほとんど慣性航法装置が用いられている。

 以下,航空機の慣性航法装置についてその概要を述べる。慣性航法装置は,加速度の検出および速度,位置,移動距離などの算出をするジャイロ基準装置,航法データなど必要な情報をコンピューターに記憶させるためのモード選択器,必要な情報を取り出すための操作・指示器から構成され,ジャイロ基準装置には加速度計とジャイロを載せた安定盤とコンピューターなどが組み込まれている。加速度計には種々あるが,基本的なものは,高性能な精密一軸ジャイロ(こま)である。ジャイロには回転軸に対し横方向から外力が加わると,入力方向から90度ずれた方向に軸がふれ,外力に応じた角速度で歳差運動をするという性質がある。この性質を利用してジャイロの運動の変化を電気信号に変えてコンピューターに送り,加速度を検出するのである。航空機の慣性航法装置では東西方向,南北方向,上下方向の加速度を検知する3個の加速度計を用いており,南北方向,東西方向の加速度をそれぞれ2回積分して得られる位置ベクトルの和として出発地点からの飛行距離(水平面上の位置)を,またこれとは独立に上下方向の加速度を2回積分することによって高度を求めている。なお,これらの加速度計は,3個のジャイロによって航空機の姿勢の変化にかかわりなく,常時方位と水平を保つ安定盤の上に配置されているが,安定盤も,地球の自転,航空機自身の移動による影響や地球の自転と航空機の移動という相対運動からくるコリオリの力の影響を受け,さらにはジャイロ自身の誤差などのため,常に補正または修正をする必要がある。実際の運用においては,ジャイロが回転を始めてから安定するまで若干の時間を要するが,十分に落ち着かない場合には,算出されるデータの精度が下がることがある。

 慣性航法装置によって得られた情報を,あらかじめプログラムされている航法データに基づいてコンピューター処理を行うことにより,飛行中,パイロットの必要に応じて航空機の現在位置(緯度および経度)のみでなく,真方位,飛行コース(真北に対するもの),対地速度,偏流修正角,その場における風の方向と速度,目的地または途中の通過点までの距離およびそこまでの到着時間,目的地および通過点の場所(緯度および経度),コースからのずれ(距離,角度)などの情報を提供でき,例えば洋上のある地点で,なんらかの事情で急に目的地を変更しなければならないときなど,その目的地の位置を入力すれば,現在地点からの大圏コースの距離,角度,予定所要時間などが即時に算出される。さらにコンピューターの容量によっては,各飛行場の基準出発・到着経路方式などもプログラムでき,慣性航法は将来の三次元エリア航法への応用などを含め,航法システムの主流としてその用途の拡大が図られている。なお,最近ではレーザー光線のドップラー効果を利用して,航空機の加速度を検知する慣性航法装置も開発されており,従来のジャイロを用いるものに比べ微妙な回転部分がなく,調整に時間を要しない,比較的低価格であるなどの利点をもつため,今後広く用いられるようになると思われる。
航法
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百科事典マイペディア 「慣性航法」の意味・わかりやすい解説

慣性航法【かんせいこうほう】

地物,天体や電波などの媒介によらず,三次元の加速度を検出して,速度,移動距離などをコンピューターによって算出する航法。航空機,潜水艦をはじめ,ロケットやミサイルの誘導(慣性誘導という)にも利用されている。加速度の検出には精密なジャイロスコープを用いるのがふつう。予定経路データと対照して自動的にコースを修正する装置も利用されている。
→関連項目グリッド航法航空計器航法自動操縦装置自動飛行制御システム推測航法

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世界大百科事典(旧版)内の慣性航法の言及

【航法】より

…この方位と距離による位置決定を一つのシステムで行えるのがレーダーである。また,一般には方位と距離による位置の決定とは考えられていないが,慣性航法もこの典型的な例といえる。慣性航法による位置決定の原理は,X,YおよびZ軸の加速度を検出する加速度計により移動体の運動の加速度を検出し,それぞれを時間積分をして速度を求め,さらにもう一度時間積分して距離を求めるというものである。…

※「慣性航法」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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