抗利尿ホルモン不適合分泌症候群

内科学 第10版の解説

抗利尿ホルモン不適合分泌症候群(下垂体後葉)

定義・概念
 血清ナトリウム濃度(血漿浸透圧)が低下すると,抗利尿ホルモンであるAVP(またはantidiuretic hormone:ADH)の分泌は速やかに低下し,その結果として水利尿が生じて血清ナトリウム濃度は正常範囲に維持される.これに対しSIADHは低ナトリウム血症にもかかわらずAVPの抗利尿作用が持続している病態である.
分類
 SIADHは原因となるAVPの分泌が下垂体後葉由来である場合(正所性)と,AVP産生腫瘍である場合(異所性)に分類される.また,SIADHにおけるAVP分泌様式には①血清ナトリウム濃度にかかわらず血漿AVP濃度が高値を示す場合(異所性AVP産生腫瘍など),②AVP分泌の血清ナトリウム閾値がリセットされている場合,③低ナトリウム血症におけるAVP分泌抑制が欠如している場合,④血漿AVP濃度は低ナトリウム血症において正常に抑制されている場合(薬剤によるAVPの抗利尿作用の亢進など)があることが報告されている(図12-3-5,Zerbeら,1980).なお,④の分泌様式ではAVPの過剰分泌を認めないため,こうした病態を含有する意味でSIADHの代わりにSIAD (syndrome of inappropriate antidiuresis)という用語を用いることもある.また,低ナトリウム血症を呈している期間が比較的短いか(24~48時間以内),あるいは慢性の経過をたどっているかは臨床症状に影響を及ぼすとともに治療の観点からも重要である.
原因・病因
 SIADHの原因としては中枢神経系疾患,胸腔内疾患,薬剤,AVP産生腫瘍がある.中枢神経系疾患である脳炎,髄膜炎,脳梗塞・脳出血,頭部外傷などでは視床下部視索上核および室傍核のAVP産生ニューロンが直接的あるいは間接的に刺激される結果,血漿浸透圧による制御とは独立してAVP分泌が生じると考えられる.胸腔内疾患としては肺炎,肺結核,気管支喘息などがあげられる.AVP分泌は血漿浸透圧とともに循環血液量(血圧)によっても制御されており,胸腔内疾患は心房に存在する容量受容体や頸動脈洞に存在する圧受容体,あるいはそれらの求心路である迷走神経を介してAVPの分泌を促すと考えられる.SIADHの原因となる薬剤には選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI),カルバマゼピンなどがある.AVP産生腫瘍としては肺癌,膵癌などがある.
疫学
 一般的には血清ナトリウム濃度が135 mEq/L未満を低ナトリウム血症と定義する.低ナトリウム血症は入院患者に最も多く認められる電解質異常であり,血清ナトリウム濃度が130 mEq/L未満を示す低ナトリウム血症は入院患者の2~3%に認められ,SIADHはその30~40%を占めるとの報告がある.
病理
 異所性にAVPを産生する悪性腫瘍として最も頻度が高いのは肺小細胞癌である.
病態生理
 SIADHでは血清ナトリウム濃度(血漿浸透圧)が低いにもかかわらずAVPの抗利尿作用が持続する.そのため腎臓からの自由水排泄が低下して循環血液量がいったん増加するが,AVPの過剰分泌が長期間持続するとV2受容体のダウンレギュレーション(AVPエスケープ現象)が生じ,水利尿が部分的に回復する.また,SIADHでは心房性ナトリウム利尿ペプチドの分泌亢進,レニン-アルドステロン系の抑制が生じてナトリウム利尿を呈する.その結果,血清ナトリウム濃度はさらに低下するとともに循環血液量は正常範囲となる(図12-3-7).
臨床症状
 SIADHの症状は低ナトリウム血症の程度およびその進行の速さに依存する.低ナトリウム血症が比較的急激に発症した場合には,血清ナトリウム濃度の低下が中等度(120~130 mEq/L)であっても頭痛,悪心などが生じやすいが,低ナトリウム血症が長期間持続している場合にはこの程度の血清ナトリウム濃度の低下では無症状のことが多い.一方,血清ナトリウム濃度の低下が著しい場合(110 mEq/L以下)には意識レベルの低下,痙攣などを呈する.
検査成績
 血漿浸透圧および血清ナトリウム濃度の低下に加え,尿中ナトリウム濃度の比較的高値(20 mEq/L以上),尿浸透圧の比較的高値(300 mOsm/kg以上),血漿レニン濃度の低下,血中尿酸値の低下などを認める.
診断
 表12-3-1に診断基準を示す.脱水の所見を認めないこと,血漿浸透圧および血清ナトリウム濃度が低値であること,尿浸透圧が比較的高値であること,ナトリウム利尿が持続していること,副腎機能低下を認めないことなどをもって診断する.
鑑別診断
 SIADHでは体液量が正常範囲内であるが,低ナトリウム血症を呈する病態には体液量の低下した低張性脱水(下痢,嘔吐など)と体液量の増加した浮腫性疾患(肝硬変,心不全など)もあり,SIADHの鑑別診断では体液量を評価することが大切である.また,体液量の増加した浮腫性疾患でも有効循環血液量は減少しているため低張性脱水と同様に尿中ナトリウム濃度は低値を示すことから,尿中ナトリウム濃度の測定は鑑別診断で重要である.副腎不全はSIADHと同様に循環血液量が正常範囲を示す低ナトリウム血症であり,鑑別診断のためにはACTHおよびコルチゾールの評価が必要である.
合併症
 SIADHによる低ナトリウム血症が重篤な場合には脳浮腫による脳ヘルニアが生じ得る.
経過・予後
 SIADHの予後は低ナトリウム血症の程度および治療に伴う血清ナトリウム濃度の補正の速さに依存する.重篤な低ナトリウム血症(100 mEq/L以下)の予後は不良である.また,重篤な低ナトリウム血症の治療において急速に血清ナトリウム濃度を上昇させると,いったん意識レベルが改善した後に四肢麻痺,仮性球麻痺,意識レベルの低下,痙攣などが生じることがある.これは中枢神経の脱髄によるもので,浸透圧性脱髄症候群あるいは橋中心性髄鞘崩壊症とよばれ,重篤な場合は死に至る.
治療
 SIADHの治療の基本は水制限であり,飲水量を約800 mL/日まで制限する.この際,食事に含まれる水分量は汗などの不感蒸泄量とほぼ同程度のため,制限する水分摂取量に含めない.血清ナトリウム濃度の低下が著しい場合(110 mEq/L以下)や意識レベルの低下など低ナトリウム血症による重篤な症状を認める場合には高張(3%)食塩水を点滴で投与する.また,AVPのV2拮抗薬もSIADHによる低ナトリウム血症の補正に有効である(異所性AVP産生腫瘍のみ保険適応).ただし,いずれの治療においても急速な血清ナトリウム濃度の補正は浸透圧性脱髄症候群をきたしうることから,血清ナトリウム濃度の上昇を24時間で10 mEq/L以内にする必要がある.特に低ナトリウム血症が長期間持続していると考えられる場合にはより慎重に血清ナトリウム濃度の補正を行うことが望ましい.[有馬 寛]
■文献
Zerbe R, Stropes L, et al: Vasopressin function in the syndrome of inappropriate antidiuresis. Ann Rev Med, 31: 315-327, 1980.
バゾプレシン分泌過剰症(SIADH)の診断と治療の手引き.厚生労働科学研究費補助金難治性疾患克服研究事業 間脳下垂体機能障害に関する調査研究 平成22年度 総括・分担研究報告書,pp158-159, 厚生労働省, 東京, 2010.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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