昆虫アレルギー

内科学 第10版 「昆虫アレルギー」の解説

昆虫アレルギー(アレルギー性疾患)

定義・概念
 昆虫アレルギーは,昆虫由来の成分を抗原とするアレルギー反応からなる症状をいう.
(1)刺咬によるアレルギー
 有刺昆虫の毒液成分が刺咬により体内に入ることで引き起こされる.刺咬する昆虫の多くは刺咬部位に局所反応を引き起こす.
a.ハチアレルギー
原因・病因
 ハチは防御および攻撃として毒素(venom)を刺し,それによりアナフィラキシー症状を起こす.IgEを介したⅠ型アレルギー反応よる症状が主体となるが,ハチ毒に含まれる酵素などによる直接作用も関与している.
疫学・発生率
 ハチアレルギーによる死亡例はわが国において夏を中心に年間30~50例報告されており,その多くは刺されてから60分以内の早期に,医療機関に搬送される前にアナフィラキシーショックを起こし死亡している.
臨床症状
 ハチ刺傷直後には刺傷部位に皮膚の発赤,腫脹,疼痛を認め,通常速やかに消失するが,ときに何日間も発赤,腫脹が続き遷延する反応がみられる.また,嘔吐,下痢,全身発赤,じんま疹,呼吸困難,喉頭浮腫,低血圧,意識障害を示すアナフィラキシーショックを引き起こす重症例もある.
検査成績
 血中特異的IgE抗体をRAST法もしくはFEIA法にて測定する.血清IgE値は多くの症例で正常である.また,皮内反応で陽性反応がみられる.また,白血球ヒスタミン遊離試験にて,ハチアレルギー患者から分離した白血球に特異的ハチ毒抗原を加えるとヒスタミン遊離がみられる.
診断
 原因が問診などで特定できれば,毒物成分による皮内反応やRASTの値などで診断することが可能である.ハチによるアナフィラキシーは刺咬後数分から15分で起きるが重症であるほど早期に起こりやすい.
合併症
 アトピー素因の存在はハチアレルギーの発生に無関係である.
経過・予後
 通常良好であるが,一度アナフィラキシーショックに至った者が再度刺傷した場合,同様にアナフィラキシーショックに至る確率はきわめて高い.
治療・予防
1)環境整備:
原因抗原を避けることが第一であり,ハチアレルギーの場合,ハチの巣に近づかない,白っぽい服を着て花模様や黒い服を避け,芳香のある化粧品を控えるなど,ハチ刺傷防止の一般的対策をとる.
2)薬物療法:
皮膚などの局所症状には特に治療は不要であるが,腫脹が強いときには抗ヒスタミン薬の内服,ステロイド軟膏などを使用する.アナフィラキシーショックに至った場合には,早急にショックとしての治療を開始し,気道確保,アドレナリン筋注,ステロイドの静脈注射などを行い,喘息を伴っている場合はネオフィリンの点滴静注を行う.近年,ペン型自己注射用アドレナリン注射液が開発され,職業などで,ハチ刺傷の可能性が高い者や一度アナフィラキシーショックに至った者は,刺傷後すぐ自己注射できるように携帯することを考慮する.
3)減感作療法:
ハチアレルギーにて,職業などにより抗原の反復刺傷が避けられない場合,減感作療法を考慮する.阻止抗体(IgG)を高めるため,特異的抗原液(ハチ毒エキス)を低濃度より順次増量して注射する免疫療法である.治療効果を早期に獲得する方法として,急速減感作療法も行われている.抗原負荷であるため,副作用として全身性アレルギー反応が起こることもあるため,入院のうえ十分な管理下で行う.
b.蚊アレルギー
 蚊やブユは人から吸血する際に唾液などを刺す.蚊の刺咬によるアレルギーはⅢ型アレルギー反応(Arthus反応)による症状が主であると考えられている.蚊刺咬によっては,皮膚の発赤,腫脹,水疱などがみられるが,刺咬部位が潰瘍,壊死となり,その後発熱肝脾腫などが起きる例もあり,これらの場合,後に血球貪食症候群の合併がみられることがある.
(2)接触によるアレルギー
 毒蛾の成虫,幼虫の毒物に触れることなどで皮膚などに炎症反応を起こす.
臨床症状
 接触性アレルギーによるものは,おもにその部位のじんま疹,湿疹,発赤などの皮膚症状が主体となる.
治療
 皮膚症状に対する対症的治療を行う.
(3)吸入によるアレルギー
 室内じん(ハウスダスト)の主成分となるチリダニは吸入により喘息,アレルギー性鼻炎を引き起こす.ゴキブリも同様の症状を引き起こす.カイコユスリカなどに従事する職業にて吸入する可能性のある物質は職業性アレルギーの原因となる.
原因・病因
 Ⅰ型アレルギー反応による症状が主体となる.
臨床症状
 吸入性アレルギーの場合,ダニやゴキブリの体成分,排泄物などを吸入後,呼吸困難,咳,喘鳴などの気道閉塞に伴う喘息症状や,鼻汁,鼻閉などのアレルギー性鼻炎の症状を起こす.
検査成績
 血中特異的IgE抗体を測定し,原因抗原を特定する.血中好酸球数の増加,呼吸機能検査で閉塞性変化などがみられることもある.また,鼻炎症状のある場合は鼻腔検査なども行う.
治療
 喘息が起きた場合は,気管支喘息の治療に準じて治療を行う.また,鼻炎症状には抗ヒスタミン薬やロイコトリエン受容体拮抗薬などの抗アレルギー薬の内服,点鼻を行い,症状の強い場合はステロイド薬の点鼻を行う.[足立 満]

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

六訂版 家庭医学大全科 「昆虫アレルギー」の解説

昆虫アレルギー
こんちゅうアレルギー
Insect allergy
(アレルギー疾患)

どんな病気か

 昆虫に刺されたり接触したりして何らかの症状が現れる場合には、たとえば蚊に刺された局所がかゆくなる場合のような直接的な作用によるものと、免疫グロブリンE(IgE)抗体を介したアレルギー機序(仕組み)によるものとがあります。後者を総称して昆虫アレルギーといいます。

 臨床的に重要なものとして、ハチなどの有刺昆虫による経皮性アレルギーによるものと、チョウやガなどの昆虫成分の吸入によるものとがあります。

原因は何か

 人を刺すハチではスズメバチ科のスズメバチ亜科とアシナガバチ亜科、そしてミツバチ科の3種が重要です。これらのハチ毒成分の組成は、各種のアミン、ペプチド、酵素を含む高分子蛋白質からなっていることが共通しています。スズメバチとアシナガバチでは、かなりの抗原共通性があることが知られています。

 アトピー素質のある人などがこれにさらされるうちに免疫グロブリンE(IgE)抗体が形成され、そのあとに刺されて十分量が体内に入ると、激烈な症状を示します。チョウやガなどの昆虫成分も同様で、反復吸入によってIgE抗体ができると考えられます。

症状の現れ方

 ハチ・アレルギーの場合、IgE抗体を介した即時型アレルギー反応によりアナフィラキシーショック様の症状が生じます。刺されて15分以内に全身のじんま疹紅潮(こうちょう)、血管浮腫(ふしゅ)声門浮腫(せいもんふしゅ)、気管支狭窄(きょうさく)による呼吸困難、下痢、嘔吐、低血圧、意識消失、けいれんなどの症状が現れます。ハチ・アレルギーにより日本では年間30~50人が命を落としています。

 チョウやガなどの昆虫成分の吸入では、アレルギー性鼻炎気管支喘息(ぜんそく)症状などがみられます。

治療の方法

 ハチの刺傷によるアナフィラキシーの治療は、まず塩酸エピネフリンを皮下注射し、次いで血管確保をして副腎皮質ホルモン薬の静脈注射を行います。緊急処置用のアドレナリン(エピネフリン)の携帯用自己注射製剤(エピペン)があるので、ハチ・アレルギーの既往のある人はアレルギー科で専門医に相談するとよいでしょう。

 根本的治療にはアレルゲン免疫療法減感作(げんかんさ)療法)が非常に有効率の高い治療で、全身反応の既往があり、皮膚反応やIgE抗体陽性の患者さんが適応になります。しかし、国内では健康保険の適応がなく、ごく一部の専門施設で行われている状況です。

 チョウやガなどの昆虫成分の吸入によるアレルギー性鼻炎、喘息症状に対しては、薬物による対症療法が行われることが多いのですが、対策としては原因を避けることが最善です。

病気に気づいたらどうする

 アレルギー内科、専門医を受診してください。

山口 剛史

出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

家庭医学館 「昆虫アレルギー」の解説

こんちゅうあれるぎー【昆虫アレルギー Insect Allergy】

[どんな病気か]
 ハチやカなど、人を刺す昆虫に刺されておこる皮膚の症状やアナフィラキシーショック、ゴキブリやユスリカなど、虫のからだの破片や排泄物(はいせつぶつ)を吸い込んでおこる気管支(きかんし)ぜんそく(「ぜんそく(気管支ぜんそく)」)やアレルギー性鼻炎(せいびえん)(「鼻過敏症(アレルギー性鼻炎/血管運動性鼻炎)」)が、昆虫アレルギーの代表的なものです。
[症状]
 昆虫に刺されると、そこが赤く腫(は)れ、水疱(すいほう)や潰瘍(かいよう)ができることがあります。人によっては、発熱やだるさ(倦怠感(けんたいかん))などもみられます。
 また、過敏な人がハチに刺されると、アナフィラキシーショック(「アナフィラキシーショック」)がおこることがあり、日本でも年間、40~50人くらいが死亡するとされています。
 昆虫類の組織や排泄物などを吸い込んでおこるぜんそく症状も、せき、喘鳴(ぜんめい)(ゼイゼイいうこと)、呼吸困難を主体とするものです。
[治療]
 皮膚症状に対しては、ステロイド(副腎皮質(ふくじんひしつ)ホルモン)薬の入った軟膏(なんこう)の塗布(とふ)や、抗ヒスタミン薬などの服用によって対処します。
 アナフィラキシーショックや気管支ぜんそくに対する処置は、それぞれの項目を参照してください。
 なお、養蜂業者(ようほうぎょうしゃ)、農山林業従事者など、再三ハチなどに刺される可能性の高い人は、ハチ毒などにだんだんとなれさせていく治療法(減感作療法(げんかんさりょうほう))を行なうほうがよいのです。
 しかし、この治療には時間と手間がかかりますから、一般的な注意としては、屋外の作業では、長ズボン、長袖(ながそで)シャツ、手袋を着用しましょう。また、明るい色の衣服など、ハチをひきつけるものは身につけないようにするとよいでしょう。
 昆虫によっては、思いがけない刺激にひきよせられることがあります。それぞれの昆虫の生態をよく調べて注意することがたいせつです。

出典 小学館家庭医学館について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「昆虫アレルギー」の意味・わかりやすい解説

昆虫アレルギー
こんちゅうあれるぎー
insect allergy

昆虫由来抗原により生ずる過敏症で、(1)かんだり刺したりするハチ、カ、アブ、ブヨなどの昆虫の毒抗原による全身反応(アナフィラキシーショック)と局所反応、(2)昆虫の鱗粉(りんぷん)、毛、体成分、排泄(はいせつ)物などの吸入によるアレルギー性鼻炎、気管支喘息(ぜんそく)などがある。もっとも注意を要するのは、アシナガバチやスズメバチの刺傷(ハチ毒抗原)によるアナフィラキシーショックで、死亡することもある。ハチ刺傷による強い局所反応や全身反応の既往歴があり、野外で活動する機会が多い者には、ハチ毒抗原によるアレルゲン免疫療法(減感作(げんかんさ)療法)が適応となる。また山野へ出かけるときは、刺されたときの用心に、アドレナリン注射液を詰めた注射器の携行が望ましい。

[高橋昭三]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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