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明玉珍 めいぎょくちん Ming Yu-zhen; Ming Yü-chên

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

明玉珍
めいぎょくちん
Ming Yu-zhen; Ming Yü-chên

[生]至順2(1331)
[没]至正26(1366).重慶
中国,末の群雄の一人。随州 (湖北省) の人。至正 11 (1351) 年に紅巾軍の一派の徐寿輝が湖北省を基盤に蜂起すると,これに投じて元軍と戦い,同 16年には重慶を陥れ,その地を根拠に四川の諸郡を占領した。

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世界大百科事典 第2版の解説

めいぎょくちん【明玉珍 Míng Yù zhēn】

1331‐66
中国,元末群雄の一人。随州(湖北省)の人。1353年(至正13)徐寿輝の天完国に参加し重慶を拠点に勢力を伸ばしたが,60年陳友諒が徐寿輝を殺して大漢国をたてると隴蜀王として自立し,四川一帯を支配した。62年大夏国をたてて皇帝となり,弥勒ないし明(マニ)教を信奉して周制を模倣した官制をしき,科挙を施行するなど体制の確立に努めた。没後,子昇が位をついだが,71年(洪武4)明朝に下った。【阪倉 篤秀】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

明玉珍
めいぎょくちん
(1331―1366)

中国、元(げん)末群雄の1人。随州(ずいしゅう)(湖北省随県)の人。彼は熱心な白蓮(びゃくれん)教徒で、初め徐寿輝(じょじゅき)の武将として元軍と戦ったが、重慶(じゅうけい)(四川(しせん)省)を陥落させると、ここを根拠に四川地方を平定した。のちに徐寿輝が殺される(1360)と自立して「蜀(しょく)王」と称し、「大夏」国を建てた(1362)。彼は国内を八道に分かち、周制に倣った官制を設け、科挙を行うなど地方の経営に努めたが、在位5年にして病没した。後を子の明昇(めいしょう)が継いだが、部将間に抗争が絶えず、国力が衰え、のち朱元璋(しゅげんしょう)(明(みん)の太祖)の送った征討軍に降服した。[谷口規矩雄]

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