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春木荘 はるきのしょう

百科事典マイペディアの解説

春木荘【はるきのしょう】

和泉国和泉郡池田郷(《和名抄》)に成立した荘園。現大阪府和泉市の春木町を遺称地とし,松尾谷一帯に比定される。1164年藤原忠通(ただみち)の子九条兼実(かねざね)が父の供養のため奈良春日社(春日大社)・興福寺に四季供料を寄進するため,池田郷内春木村の地に立荘。1198年和泉国司(こくし)平宗信(むねのぶ)は,後鳥羽上皇の熊野御幸(ごこう)に際して当荘にも賦課したが,荘民が従わなかったため,国司目代(もくだい)等は当荘〈神民〉を捕らえ簀巻(すま)きにしたり,賢木を焼くなどの狼籍を行った。興福寺衆徒(しゅと)は神輿(みこし)を振立てての強訴(ごうそ)をにおわせて朝廷・幕府に訴え,宗信の配流(はいる),目代等の禁獄などを求めるという事件があった。1250年当荘は九条道家から末息一条実経(さねつね)に譲られ,以後本家を一条家,領家を春日社(のち興福寺)として推移するが,南北朝期には南朝方によって南朝の帰依(きえ)を受け祈願所とされていた松尾寺(現和泉市)に付与されることもあった。15世紀後半には本家職も興福寺松林院に移るが,以後武家の侵略で不知行になることが多く,和泉守護細川元有(もとあり)が畠山義就(よしなり)方になってからは年貢未到来の状態となっている。

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世界大百科事典 第2版の解説

はるきのしょう【春木荘】

和泉国和泉郡(現,大阪府和泉市春木町を中心とする地域)にあった荘園。平安末期,九条兼実が立荘して春日社に寄進し,その年貢をもって春日社四季八講料にあてたのにはじまる。1174年(承安4)玄禅五師という者が悪徒と語らって濫吹(らんすい)を行ったり,1204年(元久1)に国司が非例非分の課役を課すなどのこともあったが,兼実の子孫が領家職を相伝し,春日社に四季八講料を出しつづけたようである。1250年(建長2),九条道家は春木荘を三男実経に譲与したため,以後領家職は一条家の領有するところとなった。

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