コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

月岡雪鼎 つきおか てっせい

4件 の用語解説(月岡雪鼎の意味・用語解説を検索)

美術人名辞典の解説

月岡雪鼎

江戸中・後期の画家。京都生。名は昌信、別号に信天翁・月岡山人等。高田敬甫の門下で最初狩野派を学んだが、西川祐信の影響で風俗画家となり、美人画で一家を成す。天明6年(1786)歿、77才。

出典|(株)思文閣
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

月岡雪鼎 つきおか-せってい

1710-1787* 江戸時代中期の画家。
宝永7年生まれ。月岡雪斎,月岡雪渓の父。高田敬輔(けいほ)に師事。西川祐信(すけのぶ)風の豊麗な肉筆美人画や絵本で名をなし,魚や鳥などの絵もたくみであった。大坂浮世絵の大家。法眼。天明6年12月4日死去。77歳。近江(おうみ)(滋賀県)出身。本姓は木田。名は昌信。別号に信天翁(しんてんおう),露仁斎など。作品に「笛吹美人画」「蛍狩り図」など。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

月岡雪鼎

没年:天明6.12.4(1787.1.22)
生年:宝永7(1710)
江戸中期の画家。本姓は木田氏。名は昌信。丹下,信天翁などと号す。近江(滋賀県)日野の人。子に画家の雪斎がいる。はじめ同郷の高田敬輔に師事し,のちに西川祐信の画風を慕った。宝暦初年大坂に移り,祐信風の絵本で名声を得る。明和年間(1764~72)ころから優艷な肉筆美人画を多数制作し,画譜『金玉画府』(1771)では浮世絵擁護論を説いた。春画も得意とした。祐信没後の関西浮世絵界の中心人物となる。作品に「三美人図」(1756,米・フリア美術館蔵),「笛吹美人画」(出光美術館蔵),「蛍狩り図」(東京国立博物館蔵)など。

(佐藤康宏)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

月岡雪鼎
つきおかせってい

[生]宝永7(1710).近江
[没]天明6(1786).12.4. 大坂
江戸時代中期の浮世絵師。本名は木田昌信。通称は丹下。号は雪鼎,信天翁,錦童など。大坂へ出て高田敬甫に狩野派を学び,のち西川祐信らの感化を受けて風俗画に転じた。さらに抒情的で品格のある美人画様式を確立,法橋,法眼に叙せられた。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

月岡雪鼎の関連キーワード狩野休伯徳力善水林信春長谷川常宇平蕉斎牧菴狩野令信熊斐曽我蕭白呉浚明

今日のキーワード

パラチオン、パラチオンメチル

パラチオンは無色で油状の液体、パラチオンメチルはコハク色の液体。ともに毒性が強く、有機リン系殺虫剤として使用された。50年代以降、稲の害虫被害を防ぐことが確認され、広く導入された。しかし、農民の中毒死...

続きを読む

コトバンク for iPhone

月岡雪鼎の関連情報