豊臣秀吉の伝記物語。小瀬甫庵(おせほあん)作。22巻。1625年(寛永2)の自序があるが,執筆は元和年間(1615-24)にさかのぼるといわれる。構成は2部から成る。すなわち巻一~三に秀吉の素生と織田部将時代の事跡,巻四~九は小牧・長久手の戦に至る政権掌握の過程,巻十,十二に九州の役と小田原の役,巻十一に聚楽第行幸,巻十三~十五に文禄の役,巻十六に晩年の事跡を収め,この巻まではほぼ編年体的構成をとっている。ついで巻十七に豊臣秀次の事件,巻十八,十九に武将の伝記,巻二十,二十一に〈八物語〉,巻二十二に豊臣氏の諸制度にかかわる小記録を収める。巻十六までに対比して事項別記述というべきであろう。甫庵は太閤記の著述にあたって大村由己(ゆうこ)の《天正記》,太田牛一の諸記録,加賀藩の古老横山氏の談話等を素材としたといわれる。この態度は《信長記》の著述にあたって太田牛一の《信長公記》を素材としたのと同軌である。しかし《太閤記》では,古文書の引用に際し自己の見解,主張による改ざんをこころみていることにうかがわれるように,事実の記述というよりは自己の儒教的な政治観の主張に重きを置いているといわれる。構成の後者に主眼が置かれているわけであって,《信長記》において信長の事跡に評を加えているのと同じ立場である。したがってこの2書の最も注目すべき特質は近世初頭における儒教的政治思想の主張を展開しているところに求められる。本書の古刊本には寛永3(1626),正保3(1646),万治4(1661),寛文2(1662),宝永7年(1710)版などがあり,分冊類は一定していない。《改定史籍集覧》,岩波文庫所収。
甫庵の《太閤記》のほかに,《川角(かわすみ)太閤記》,《太閤軍記》,《真書太閤記》(《太閤真顕記》《真顕太閤記》)などがある。
5巻5冊。筑後柳河城主田中吉政の家臣川角三郎右衛門が1621-23年(元和7-9)ごろ自己の体験や見聞をもとに記述した豊臣時代の実録。部分的には史料としてきわめて良質な記述を含むと同時に憶測による記事も多いといわれるが,史籍としては甫庵の《太閤記》にまさっている。《改定史籍集覧》所収。
太田牛一に《太閤軍記》と称すべき軍記のあったことが推測され,その一部と考えられる《小田原軍記》などが現存するが,なお学説の域を出ない。
12編360巻。江戸時代写本として流布した。俗書の類であって史籍としての価値は乏しい。《続国民文庫》《帝国文庫》所収。
なお《絵本太閤記》7編84冊,《太閤記》の絵入り版本(1698,1710),《太閤軍記》の絵入り版本(1654,72)などは読本あるいは仮名草子で,史籍ではない。
→絵本太功記
執筆者:岩沢 愿彦
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
太閤豊臣(とよとみ)秀吉の伝記。早くお伽衆(とぎしゅう)大村由己(ゆうこ)が、秀吉の命令により、その天下統一を賛美して天正(てんしょう)年間(1573~92)の事績を記録した『天正(てんしょう)記』(うち九巻が現存)、織田信長、秀吉に仕え『信長(しんちょう)記』の著もある太田牛一(おおたぎゅういち)が、秀吉の功業を覚え書き風に記録した『太閤軍記』(その一部が『太閤さま軍記のうち』として伝わる)、秀吉に仕えた田中吉政の家臣川角(かわすみ)三郎左衛門の著かともいわれる、秀吉の天下統一を覚え書きと聞き書きをもって記した『川角太閤記』五巻があるが、これら先行の「太閤記」を集成したのが小瀬甫庵(おぜほあん)の『太閤記』22巻である。
先行の「太閤記」のほか『幽斎道之記(ゆうさいみちのき)』などの記録、書翰(しょかん)、巷説(こうせつ)をも取り入れて構成、1625年(寛永2)に擱筆(かくひつ)。年月順に記しながら、回想、後日談などを挿入、秀吉の治政を賛美し、秀吉の側からみた治乱の記、栄華の物語をなすが、相手側の柴田(しばた)勝家、北条氏政(ほうじょううじまさ)、豊臣秀次(ひでつぐ)らの悲劇をも哀感をもって描く。高麗(こうらい)、唐土の外征などに関して、儒教思想をもって、秀吉の善は善としながら悪は悪として批判も行う。巻一から巻16まではその太閤の正伝、巻17は関白秀次の事件、巻18、19は山中鹿之助(しかのすけ)など戦国武将の列伝、巻20、21は、1616年(元和2)の執筆になる、治世のための八つの道を説く八物語であり、巻22は雑録である。
文体は、記録体というよりは、作者自身の感情を交え、京都の人々の声、太閤伝説、異論・評をも借りて、成功者秀吉を語る物語の文体をなす。そのため朗読、講釈の語り物としても行われた。その意味で物語化した「太閤記」の源をなすもので、本書が絵入り、抜粋としても版を重ねるとともに、民話の手法をも用いて秀吉像が伝説的に巨大化していった。そのなかで作者未詳の『元禄(げんろく)太閤記』七巻、竹内確斎(岡田玉山画)の『絵本太閤記』七編84冊、さらに諸種太閤伝に注記・考証を施し古典をも借用して脚色を施した栗原柳庵(くりはらりゅうあん)の『真書(しんしょ)太閤記』360巻などがつくられた。これらは明治以後まで、史書、記録、草紙、歴史小説などに影響を与え続けた。
[山下宏明]
『桑田忠親著『太閤記の研究』(1965・徳間書店)』▽『同校訂『太閤記』(1971・新人物往来社)』▽『荒木良雄著『安土桃山時代文学史』(1969・角川書店)』
広義には豊臣秀吉の一代記の汎称。何種類もの著作がある。秀吉の命によって大村由己(ゆうこ)が著した「天正記」以外は秀吉没後の著作で,初期のものに太田牛一の「太閤軍記」(うち1巻が「大かうさまくんきのうち」とされる),川角(かわすみ)三郎右衛門の「川角太閤記」,さらに由己や牛一の著作などを参酌してなった小瀬甫庵(おぜほあん)の「太閤記」などがある。とくに甫庵「太閤記」は有名で,狭義には「太閤記」といえば甫庵のものをさすが,史実との関係については問題が多い。その後も武内確斎作・岡田玉山画「絵本太閤記」,栗原柳庵編「真書(しんしょ)太閤記」など潤色された作品が巷間に流布し,後世の演劇・小説・講談の素材となった。甫庵「太閤記」は「新日本古典文学大系」所収。
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