読本。別名《芳野物語》。建部綾足作。1773年(安永2)前編10巻刊。後編15巻は写本で伝わるが,完結編はない。中国小説《水滸伝》にヒントを得て,日本の古代史に材をとり,道鏡が権力を握った古代天皇政権に対して,廃太子道祖王,恵美押勝,橘奈良麻呂,大伴家持らはそれぞれ地方辺境に亡命し,やがて地方豪族白猪老王,浅香王,異族蝦夷王カムイボンデントビカラと連帯して,辺境から天皇中央政権を包囲しつつじわじわと蜂起を準備してゆくという,きわめて独自な内容の物語である。古代史を奔放に作りかえて荒唐無稽な感もあるが,《続日本紀》《万葉集》《前々太平記》などを典拠とし,古めかしい和文体を駆使している点も特徴の一つである。塩焼王,藤原清河,和気清麻呂ら亡命者が主要人物であり,その独創的な構想力は,曲亭馬琴も〈今の世の読本の嚆矢(こうし)なり〉と高く評価している。
執筆者:高田 衛
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
江戸後期の読本(よみほん)。建部綾足(たけべあやたり)作。前編10巻9冊、後編15巻15冊。前編は1773年(安永2)京都井上忠兵衛等刊。後編は写本で伝わる。吉野の味稲翁(うましねのおきな)は仙女の与えた柘(つみ)の枝を百に折って吉野川へ流した。これらがのちに恵美押勝(えみのおしかつ)、和気清麿(わけのきよまろ)、巨勢金丸(こせのかなまろ)・金石(かないわ)、大伴家持(おおとものやかもち)らとなって、僧道鏡(どうきょう)の専横に抗して立ち上がる。初めて書名に『水滸伝』の名をつけ、本邦の「水滸もの」流行に先鞭(せんべん)をつけたが、実際はさほど『水滸伝』を踏まえていない。ただ、登場人物は多く、舞台が広くて、雄大な構想をもっている点が、曲亭馬琴(ばきん)に評価された(『本朝水滸伝を読む并(ならび)に批評』)。文体は擬古文を用い、作者の国学の教養を反映させ、当代の風俗も取り込んでいるが、未完に終わった。
[徳田 武]
『『雅文小説集』(有朋堂文庫)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…この漢学系統の享受とは別に,大陸渡来の漢文体を日本の古典語に接合しようとする動きもあった。1773年(安永2)には,後年曲亭馬琴が《近世物之本江戸作者部類》で,〈其おもむき水滸伝を模擬したれども,水滸の古轍を踏ずして,別に一趣向を建たるは,当時の作者の及ばざる所也,実に今のよみ本の嚆矢也〉と高く評価した,建部綾足の読本《本朝水滸伝》の前編が刊行されている。伊吹山を梁山伯,恵美押勝を宋江,道鏡を高俅に擬して,奈良朝末の朝廷をめぐる陰謀反乱を描いたもので,未完に終わったが,後編付載の目録によれば,100回本《水滸伝》にならい100条まで書きつぐ予定であったらしい。…
※「本朝水滸伝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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