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李安忠 りあんちゅう

大辞林 第三版の解説

りあんちゅう【李安忠】

中国、北宋末・南宋初の画家。勾勒こうろく法による花鳥画を得意とした。代表作「鶉図」。生没年未詳。

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百科事典マイペディアの解説

李安忠【りあんちゅう】

中国,宋代の画家。生没年不詳。北宋末,徽宗の宣和画院に仕え,南宋になってからは紹興画院で最高の栄誉である金帯を得た。花鳥画にすぐれ,鉤勒(こうろく)に長じていたという。
→関連項目院体画

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世界大百科事典 第2版の解説

りあんちゅう【李安忠 Lǐ Ān zhōng】

中国,南宋時代の画家。生没年不詳。銭塘(杭州)の人。一説に孝宗・光宗・寧宗朝(1163‐1224)に活躍し,画院祗候(しこう)となったとするが,北宋末・南宋初を活躍期とする説もある。花竹鳥獣を描いては同時代の李迪(りてき)よりすぐれ,ことに猛禽が獲物を捕捉しようとする一瞬の動きの表現に巧みと評された。伝称作品のうちの最優品は《鶉図》(東京,根津美術館)。【嶋田 英誠】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

李安忠
りあんちゅう

生没年不詳。中国、北宋(ほくそう)末から南宋初期の画院で活躍した画家。李迪(りてき)とともに院体花鳥画を代表する作家で、国宝の『鶉(うずら)図』(東京・根津美術館)の作者と伝える。徽宗(きそう)の宣和(せんな)(1119~25)画院に入り、宋室の南渡後、高宗の紹興(1131~62)画院に復職し、金帯を賜った。鉤勒填彩(こうろくてんさい)による花鳥、走獣図に優れ、とくに猛禽(もうきん)が小動物を襲う一瞬の動きの表現に巧みと評されたが、わが国では室町時代より鶉絵の名手として有名で、李安忠作と称する鶉図が多く見受けられる。彼の子の李瑛、李公茂も花鳥画家である。[星山晋也]

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