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李真 りしん Li Zhen

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

李真
りしん
Li Zhen

中国,中唐の職業画家。8世紀後半~9世紀初めに活躍。出身地不明。徳宗 (在位 779~804) 時代に道釈画専門の画家として知られ,段成式撰の『寺塔記』では周 昉と優劣を論じがたいとして並称された。

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百科事典マイペディアの解説

李真【りしん】

中国,唐代の宮廷画家。生没年不詳。貞元年間(785年―805年)に長安の招福寺をはじめ多くの寺院に壁画を制作。東寺に伝わる《真言七祖像》のうち5幅は,李真を筆頭とする10余人の画家の合作で,肥痩(ひそう)のない細い描線と細かい色の隈取(くまどり)で,名僧の性情までも活写している。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

李真
りしん

生没年未詳。中国、唐代の画家。徳宗朝の貞元年間(785~804)に招福寺庫院の鬼子母神(きしもじん)像を描くなど、多くの寺院の壁画制作に活躍。周(しゅうぼう)と並び称された。京都・東(とう)寺にある『真言五祖像』(のち821年わが国で描かせた二祖像を加え『真言七祖像』として国宝指定)は、写実的な描写で有名であるが、これは、806年(大同1、唐の元和1)空海が唐より帰国する際、師の恵果阿闍梨(けいかあじゃり)が李真をはじめ十余人に描かせ与えたものである。描かれてより1000年以上たつこれら五祖像は、絹地の破れ、賦彩の剥落(はくらく)が甚だしく、元の姿からはほど遠いが、唐時代の絵画作品が少ない現在、唐代の正統的画法を示すものとして貴重である。[近藤秀実]

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世界大百科事典内の李真の言及

【両界曼荼羅】より

…現存の両界曼荼羅のほとんどが空海請来系の現図曼荼羅であり,模写されて広く流布している。空海《請来目録》に,〈大毘盧遮那大悲胎蔵大曼荼羅一鋪(七幅,一丈六尺),金剛界九会曼荼羅一鋪(七幅,一丈六尺)〉とあるのが現図曼荼羅であり,この双幅の大曼荼羅は,空海の師の恵果(けいか)が供奉丹青(ぐぶたんせい)李真ら10余人の画工に描かせたといわれ,恵果より直接伝授されたものである。この両曼荼羅の組合せは,恵果以前には見いだせない。…

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