日本大百科全書(ニッポニカ) 「村上陽一郎」の意味・わかりやすい解説
村上陽一郎
むらかみよういちろう
(1936― )
科学史家、科学哲学者。東京生まれ。1962年(昭和37)東京大学教養学部教養学科科学史・科学哲学分科卒業、1967年同人文系大学院比較文化博士課程修了。上智大学理工学部助手、同助教授を経て1973年東京大学教養学部助教授、1986年同教授、1989年(平成1)同大学先端科学技術研究センター教授、1993年同センター長、1995年国際基督(キリスト)教大学教養学部教授。1997年東京大学名誉教授、2002年国際基督教大学大学院教授。2010年東洋英和女学院大学学長就任。
初めての著書『日本近代科学の歩み――西欧と日本の接点』(1968)は、鉄砲伝来以降の日本における西欧近代科学受容の通史というかたちをとって、自然に対する日本文化の特質を浮き彫りにしようとしたものであった。この処女作にも科学史を哲学の「実験室」とみなす村上の方法論がうかがえるが、村上の科学観、科学史観が全面展開されたのは『西欧近代科学』(1971)においてであった。同書でおもに17世紀の「科学革命」期の歴史記述とその哲学的分析を通じて、科学を、必然的ではなく歴史的に選びとられた一つの枠組み、鋳型(いがた)として相対化する視座を提示した。
1970年代前半、このような科学観のバックボーンとなったハンソンNorwood Russell Hanson(1924―1967)の『科学理論はいかにして生まれるか』Patterns of Discovery(1971、原著1958)を翻訳するとともに、哲学的な論考を次々と発表し、注目を集める存在となる。それらの論考をまとめた『近代科学を超えて』(1974)では、観察事実は中立的で万人に共通であるというわけではなく、観察者のもつ理論系に依存するという観察の理論負荷性が論じられ、近代科学が価値体系や意味体系に依存しており、絶対的、普遍的、中立的なものではないことが指摘されていた。そこで科学、技術が引き起こす問題が提起されるが、その対応としての反科学主義は退けられ、鳥瞰(ちょうかん)的視点、共時的視点の重要性が主張されている。文脈依存性、科学の理論転換に関心を向けた著作として『科学と日常性の文脈』(1979)、『科学のダイナミックス――理論転換の新しいモデル』(1980)がある。
『西欧近代科学』ではいわゆる「科学革命」が起こる17世紀に知の不連続面をみいだしていたが、『近代科学と聖俗革命』(1976)では18世紀の西欧での知の不連続面が描かれ、それが「聖俗革命」と名づけられている。17世紀末までヨーロッパの知識人は知識追究の営みの目的を、神の創造の計画の理解に定めてきたが、18世紀の啓蒙(けいもう)主義は神を否定し、すべてを神ではなく人間を基礎にして考え直そうとし、学問の再編成を試みた。「聖俗革命」とは、このように知識を神聖な領域から世俗へ引きずりおろすことである。同書は現在の科学にキリスト教的コスモロジー(宇宙観、世界観)が欠けている歴史的根拠を論じたものといえる。さらに、遡及(そきゅう)主義史観に対立する「歴史の逆遠近法」という方法論を携えて、科学革命期をルネサンス思想の絶頂期としてとらえる『科学史の逆遠近法――ルネサンスの再評価』(1982)を著し、18世紀の不連続面をより強調することになる。このアイデアはのちに『新しい科学史の見方』(1997)における、12~17世紀を「大ルネサンス」として時代区分しようという新しい歴史観の提出へとつながる。
1980年代後半からの著作には医療に関する論考、科学や科学者に対する社会学的視点をもつ考察が増加する。医療に関する論文が『生と死への眼差(まなざ)し』(1993)にまとめられ、『医療――高齢社会に向かって』(1996)も書き下ろされた。また、『文明のなかの科学』(1994)はこれまでの村上科学史論をまとめたうえで、社会学的角度からも考察された著書となっており、以前の聖俗革命論は、19世紀に現れた神への信仰と切り離された知的専門家集団の行為こそ、われわれがよぶ「科学」だとする議論によって補強されている。また、続く『科学者とは何か』(1994)では、科学者の行動様式が社会学的視角から分析され、科学者共同体の外部へ責任をとることの重要性が示唆されている。また1990年代以降、日本でのSTS国際会議(1993)の組織委員長を務めるなどSTS(Science, Technology and Society=科学・技術・社会論)への関心を示し、『科学の現在を問う』(2000)で顕著なように、科学技術倫理の問題について具体的に論ずるようになった。1973年第1回哲学奨励山崎賞、1985年毎日出版文化賞受賞。
[加藤茂生]
『『日本近代科学の歩み――西欧と日本の接点』(1977・三省堂)』▽『『科学と日常性の文脈』(1979・海鳴社)』▽『『科学のダイナミックス――理論転換の新しいモデル』(1980・サイエンス社)』▽『『文明のなかの科学』(1994・青土社)』▽『『科学者とは何か』(1994・新潮社)』▽『『医療――高齢社会に向かって』(1996・読売新聞社)』▽『『新しい科学史の見方』(1997・日本放送出版協会)』▽『『生と死への眼差し』(2001・青土社)』▽『『西欧近代科学――その自然観の歴史と構造』『近代科学と聖俗革命』(以上2002・新曜社)』▽『村上陽一郎著『生命を語る視座――先端医療が問いかけること』(2002・NTT出版)』▽『村上陽一郎著『科学史からキリスト教をみる』(2003・創文社)』▽『村上陽一郎著『工学の歴史と技術の倫理』(2006・岩波書店)』▽『村上陽一郎著『人間にとって科学とは何か』(2010・新潮社)』▽『『近代科学を超えて』『科学史の逆遠近法――ルネサンスの再評価』(以上講談社学術文庫)』▽『『科学の現在を問う』(講談社現代新書)』▽『村上陽一郎著『安全と安心の科学』(集英社新書)』▽『N・R・ハンソン著、村上陽一郎訳『科学理論はいかにして生まれるか』(1971・講談社)』▽『野家啓一著「村上陽一郎――『科学』というイデオロギー」(『理想』1990年7月号所収・理想社)』▽『加藤茂生著「科学と技術」(成田龍一・吉見俊哉編『20世紀日本の思想』所収・2002・作品社)』