日本大百科全書(ニッポニカ)「科学哲学」の解説
科学哲学
かがくてつがく
philosophy of science
科学についての哲学的考察を意味する。一般に、「哲学的」という語は多義的であり、それに応じて「科学哲学」という語も多義的になる。しかしそれは広義には、(1)科学といわれるもの、あるいは科学者の営みを客観的に観察し、分析し、記述し、(2)科学がとるべき方法を提案し、(3)科学のあるべき姿を求める、といった知的努力を意味する。
(1)のうち、とくに科学といわれるものを客観的に観察し、分析し、記述する部分は、「メタ科学」meta-scienceともいわれ、基本的には、科学で用いられている概念、法則、理論、およびそこで使われている数学や論理学についての、論理的・記述的分析が、そのおもな仕事となる。この部分は、いわば科学の本体の解明であり、科学哲学の中心をなす。これに対し、科学者の営みを客観的に観察し、分析し、記述する部分は、科学者が科学を発想し、構成し、展開し、検証ないし反証し、さらには、科学を用いて事象や法則を説明し、予測する営みについての、論理的・記述的分析が、そのおもな仕事となる。
(2)は、いわゆる「科学方法論」methodology of scienceといわれる分野であり、とくに、科学を構成し展開していくためにとるべき方法を提案することが、そのおもな仕事である。科学といわれるものを広く客観的知識ととるならば、この分野には、アリストテレスの昔からの連綿とした歴史があり、とくに有名なのは、J・S・ミルの「帰納法」、論理実証主義の「仮説演繹(えんえき)法」、ポパーの「反証主義」、クーンやファイヤアーベントP. K. Feyerabend(1924―1994)らによる「反帰納法」などである。
(3)は、科学を人類史の流れのなかに置いて見直し、人類の幸福のためにそのあるべき姿を求めようとするものであり、「科学論」といわれるものの多くは、これにかかわっている。
したがって科学哲学とは、結局、科学自体から一歩離れて、科学ないし科学者の営みを客観的に眺め、それらの現実の姿およびあるべき姿を求める知的努力である、といえよう。しかし、実は、このような科学哲学には別のねらいもある。それは、科学の限界を自覚し、それによって、科学にまつわる誤解を解くことである。科学というものを、いかなる事象をも取り扱える一つの確固とした学問体系である、とみなすことは誤解である。科学は、それほど万能ではなく、また確固としてもいない。また、科学が与える世界像こそ客観的世界の真の姿である、と考えるのも誤解である。科学は、科学的方法といわれる一定の方法に基づいた探究の結果であって、それによって切り捨てられた部分も多いことを、肝に銘じておくべきである。これらのことを教えてくれる科学哲学は、それゆえ、科学者に対してのみならず、今日のわれわれ一般にとっても、きわめて大きな意味がある。
[黒崎 宏]
『カール・G・ヘンペル著、黒崎宏訳『自然科学の哲学』(1967・培風館)』▽『村上陽一郎著『科学のダイナミックス』(1980・サイエンス社)』