東横堀川
ひがしよこぼりがわ
東区と南区を南流する川。東区北浜一丁目東端で土佐堀川から分れて南流し、途中長堀川を西に分流、南区瓦屋町三丁目で西に直角に折れて道頓堀川となる。文禄三年(一五九四)豊臣秀吉の惣構建設に伴って開削されたといわれる。「当代記」によると浜の橋・高麗橋・平野町橋・淡路町橋・備後橋・本町筋橋・久太郎町橋・久法寺町橋・かんとうし町橋・うなぎ谷町橋・同横橋が架かっていた。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
Sponserd by 
東横堀川
ひがしよこぼりがわ
大阪市の中央区を南北に通じている運河。北は淀(よど)川の分流土佐堀川から南は道頓堀(どうとんぼり)まで約2200メートル。1585年(天正13)豊臣(とよとみ)秀吉が大坂城築城の際、外堀として開削した。当初、新堀とよんだが、西横堀、長堀、南堀が開削され、船場(せんば)、島之内(しまのうち)の町屋形成に伴い東横堀と称するようになった。水運により商都の発展に貢献した。現在、運河上には阪神高速道路が走る。
[樋口節夫]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
Sponserd by 
世界大百科事典(旧版)内の東横堀川の言及
【高麗橋】より
…大阪市東区,南区を北から南へ貫流する東横堀川に架かる橋。東区の高麗橋詰町と高麗橋1丁目とを東西に結ぶ。…
※「東横堀川」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
Sponserd by 