松村 介石(読み)マツムラ カイセキ

20世紀日本人名事典 「松村 介石」の解説

松村 介石
マツムラ カイセキ

明治・大正期の宗教家 道会創始者。



生年
安政6年10月16日(1859年)

没年
昭和14(1939)年11月29日

出生地
播磨国明石(兵庫県)

別名
別名=市谷隠士,足堂,容膝堂主人

学歴〔年〕
東京一致神学校中退

経歴
明治3年上京して安井息軒、市村水香の私塾儒学を修め、一転して大阪外国語学校で英語を学んだのち、横浜に出てJ.H.バラの指導でキリスト教に入信し、10年日本基督教会高梁教会の牧師となる。22年「立志之礎」を刊行。25年から基督教青年会(YMCA)の精神講話の講師を務め名をあげる。40年キリスト教に儒教を加味した教義を説く日本教会(のち道会と改称)を起し、41年機関誌「道」を創刊。大正4年大倉孫兵衛らの援助で東京・渋谷に拝天堂を建設。国士肌の宗教家として正統派からは異端視される一方、副島種臣、大隈重信らの知遇を受けた。他の著書に「リンコルン伝」「デビニテー」「修養録」「信仰五十年」など。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

367日誕生日大事典 「松村 介石」の解説

松村 介石 (まつむら かいせき)

生年月日:1859年10月15日
明治時代;大正時代のキリスト教指導者;牧師
1939年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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