狂言の曲名。雑狂言。大蔵,和泉両流にある。百歳を超えた祖父(おうじ)が,近ごろ恋に悩むという噂なので,2人の孫は,それが事実ならかなえさせたいと,祖父を訪問して,ことの真相を尋ねる。初めは隠していた祖父も,ついに,秘めた恋の相手は先月の地蔵講の頭人(とうにん)であった刑部(ぎようぶ)三郎の娘おとであると告白する。孫の1人がおとを連れてきて祖父に引き合わせる。祖父は老いの恥をさらした恨み言を謡に託して言うものの,喜びは隠しきれずに,おとと連れ立って幕に入る。登場は太郎,次郎,祖父,おとの4人で,祖父がシテ。地謡(じうたい)と囃子が入る。老いらくの恋をユーモラスなほほえましいタッチで描いた異色作。シテは枕を結びつけた笹を持って下り端(さがりは)の囃子で登場し,一ノ松で物狂いのようすを見せ,志賀寺の上人や紀僧正の恋を物語り,自分の恋がかなった喜びを見せるなど見せ場が多い。能《恋重荷(こいのおもに)》や《松風》の謡,《閑吟集》の歌謡などをとり入れている。《比丘貞(びくさだ)》《庵の梅(いおりのうめ)》とともに三老曲と呼ばれ,重く扱われている。
執筆者:羽田 昶
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
狂言の曲名。女狂言。百年(ももとせ)にあまる祖父(おおじ)が恋をしているとの噂(うわさ)が真実らしいので、孫2人がようすを見に行く。枕を結び付けた笹(ささ)をかたげ、「枕ものにや狂うらん……」と謡いながら現(うつつ)ない体(てい)で出てきた祖父(シテ。祖父の面を着用)に、恋をしておられるとのことだがと尋ねると、祖父は、恋とは若者のすることだとしらを切り、かえって志賀寺の上人(しょうにん)や柿(かき)の本の紀僧正(きそうじょう)の恋の恐ろしい昔物語をしているうちに、知らず知らず「祖父もこの恋かなわずは、いかなる井戸の中、溝(みぞ)の底へも身を投げ……」と恋心を謡い上げてしまう。もはや隠し立てもできず、先月の地蔵講のおりに刑部(ぎょうぶ)三郎の娘乙(おと)の可憐(かれん)さに魅せられた一部始終を話し謡っている間に、孫の1人が乙(おと)(乙の面を着用)を連れてくる。祖父は喜び、乙と連れ立って入っていく。老醜をさらす祖父の恋を、艶冶(えんや)なムードを漂わせ、しかも上品に演じなければならないところに、むずかしさがある。
[小林 責]
出典 日外アソシエーツ「歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典」歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典について 情報
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