改訂新版 世界大百科事典 「棲分け」の意味・わかりやすい解説
棲分け (すみわけ)
habitat segregation
一般にはしばしば混用されるが,この言葉には以下に述べる二つのかなり異なった概念が含まれている。
(1)現象としてのすみわけ 生活様式のよく似た近縁の2種以上の生物が,同一の地理的な地域に分布しているとき,それらの種はしばしば(必ずではないが)互いに異なった生息環境に住んでいる。これは脊椎動物や種子植物に多いが,昆虫などでも見られることがある。このような現象をすみわけと呼び,その2種以上の生物は互いにすみわけているという。この概念は,本来は,同一地域に無差別に混生しているように見える近縁の生物種の間に,よく調べてみると生息環境の違いという秩序が見いだされることがある,という発見から生まれたものである。したがってこれは,同一地域の近縁種間について生息環境の違いがあるものについてのみ,いわれるべきものである。しかし自然の事実はそう単純ではない。
生息環境の違いは,池と川,ヨシ原とススキ原というような場合は明らかに同一地域内のものであるが,落葉樹林と針葉樹林というような場合は,地理的な区分が存在している。このような近縁種が地域を異にして生息しているときにまで〈すみわけ〉という概念が拡張されることもある。一方,生息環境の違いは同時に採餌場所の違いでもあることから,同一生息環境に住んでいながら採餌場所を違えている場合(同じ林の上層部と下層部など)の近縁種についても,互いにすみわけているといわれることがある。これは生息環境という概念の解釈の違いともいえるが,上層で木の葉を食べる種と下層で草の葉を食べる種となると,これは同時に食物の違いでもある。そして,同一の海岸で大きさの異なる魚を食べる2種のサギでは,生息環境はまったく同一で食物だけが異なっている。このような場合を〈食いわけfood segregation〉と呼ぶこともあるが,上記のようにそれとすみわけとの間にはっきりした線を引くことはできない。このような例があるために,本来は近縁種間についてのすみわけ(食いわけ)概念が,近縁でない種の間にまで拡張して適用され,キリン,アンテロープ,サイの〈食いわけ〉といった用法もしばしば見られる。しかし,近縁という概念をあまり拡大解釈するのは無意味であり,スズメとフナがすみわけているといっても何も得るところはないだろう。
すみわけの現象そのものは博物学の時代から知られていたが,20世紀前半に種間競争の理論が作られるようになってから,改めて注目されるようになってきた。そこでの基本的な考えは,近縁種は原則として同一の資源(主として食物)を必要とするから,生息環境を違えて競争を避けているのだ,というものであった。この考えのうえに多くの研究が行われ,すみわけ(食いわけ)の具体例は数多く知られるようになったが,しかし一方でこの考えは,近縁種がすみわけていない場合も数多く知られてきたことなどから,さまざまな批判を受けている。
(2)今西錦司のすみわけ理論 今西錦司は,渓流性カゲロウ類の流速と水温の違いに対応するすみわけの現象を出発点として,種社会という新しい概念を構想し,それに基づいて独自な生物論(生物の世界論)を構築した(1941)。これは,すみわけ現象を近縁種個体間の競争という面から見るのではなく,近縁種の種社会が相補的に成立しているという視点をとるものである。今西の生物論は注目すべきものであるが,それが一般には単なるすみわけ現象や種間競争論と混同されているらしいのは残念なことである。
執筆者:浦本 昌紀
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報