此・斯(読み)この

精選版 日本国語大辞典 「此・斯」の意味・読み・例文・類語

こ‐の【此・斯】

連語〙 (近称の代名詞「こ」に格助詞「の」の付いたもの。近代語では「こ」の単独用法がないので、一語とみて「連体詞」とする)
話し手が、空間的、心理的に近い事物や人をさし示す。
古事記(712)中・歌謡「許能(コノ)御酒(みき)を 醸(か)みけむ人は その鼓 臼に立てて 歌ひつつ 醸みけれかも」
※伊勢物語(10C前)一二「道来るひとこの野はぬす人あなりとて、火つけむとす」
② (上代・中古には、中称・遠称の代名詞が未発達であったために) 話し手、聞き手からやや遠い事物をさし示す。
(イ) 「その」の意。
落窪(10C後)三「女君つくづくと聞きみ給ひて、この渡らんとし給ふ所は、三条にこそありけれ。〈略〉いとほしと思したるけしきにての給へば」
(ロ) 「あの」の意。かの。例の。
万葉(8C後)一・三五「これや是能(こノ)大和にしては我が恋ふる紀路(きぢ)にありといふ名に負ふ背の山」
③ 「こ」の指示する対象を略し、または含んで「この人の」「この家の」「ここの」などの意を表わす。
源氏(1001‐14頃)明石「この、常にゆかしがり給ふ物の音など、さらに聞かせたてまつらざりつるを」
④ 時に関係する語を下に続けて、すぐ近い時の、最近の、の意を表わす。
(イ) このかた。以来。それから今まで。それ以来今日まで。
※源氏(1001‐14頃)明石「住吉の神をたのみはじめ奉りて、この十八年になり侍りぬ」
(ロ) 今年の。
※大慈恩寺三蔵法師伝院政期点(1080‐1110頃)九「今(コノ)夏五月、熱に因りて、涼を追ふに」
(ハ) 今月の。
※竹取(9C末‐10C初)「此十五日になん月の都よりかぐやひめのむかへにまうでくなる」
(ニ) 今日の。
※万葉(8C後)一九・四二九一「我が屋戸のいささ群竹吹く風の音のかそけき許能(コノ)夕へかも」
(ホ) 今の。
山家集(12C後)下「眺め来て月如何ばかり忍はれんこの世し雲の外になりなば」
(ヘ) 明日の。
謡曲盛久(1423頃)「さて只今にて候ふべきやらん。いやこの暁か明夜かと承り候」
⑤ 話し手が話題として取り上げている事物や人をさし示す。
(イ) 具体的な物を指示する。
※古事記(712)上「此(この)三柱の神は、並に独神と成り坐して、身を隠したまひき」
(ロ) 話者が話題としてすぐ前に話したこと、また、その内容などをさし示す。
徒然草(1331頃)一四「その世の歌には、すがた・言葉、このたぐひのみ多し」
⑥ (「この如(ごと)く」の略) このように。このような。
今昔(1120頃か)三一「我が構たりし事、当(まさ)に悪(あしからむ)や、院も此の感ぜさせ給ふ」
⑦ 人を表わす語に付けて強く指示し、また、叱責の意を強める。
滑稽本東海道中膝栗毛(1802‐09)三「この乞食めが」
⑧ (「かの」「あの」などと対になって用いられ、二つもしくは二つ以上のうちの) 一方は。
※万葉(8C後)五・八七一・右詞文「妾也松浦〈佐用嬪面〉嗟此別易彼会難
※徒然草(1331頃)五九「しばしこの事はてて、同じくはかの事沙汰しおきて」
⑨ 指示する内容が以下の話にあることを示す。次のような。
※仮名草子・薄雪物語(1632)上「さりながら一日がそのうちに、千たび百たび給はり候ても、この心にて候。わが主さまの此一首を詠み置き給へば、いかでむなしく候はんや。御分別候ひてくだされ候へ。なびくなよわが標し野のをみなへしあらぬ方より風は吹くとも」

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

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