1947年以来,死海北西岸の岩山のクムラン洞穴群を中心とし,北はイェリコ北方のワーディー・アルダリヤから,南は死海西岸のワーディー・ムラッバアト,ナハル・ヘベル,マサダに至る各地で発見された,羊皮・パピルス等の文書の総称。大部分は断片であるが,その数は700点あまりに上る。狭義にはクムランの11の洞穴から出た〈クムラン文書〉だけを指す。前3~後1世紀のものと推定され,大半がヘブライ語・アラム語で書かれたユダヤ教文書であるが,〈クムラン文書〉以外には,ナバテア語やギリシア語の法律文書・手紙も含まれる。死海写本の大部分は現在エルサレムのイスラエル博物館内の〈聖典殿〉に保管されている。すべて名称と略号が与えられ,例えば1QIsaはクムラン(=Q)第1洞穴から出た《イザヤ書(=Is)》写本aを示す。
(1)経典の写本 《エステル記》以外の旧約正典,以前にはギリシア語等の古代訳でしか知られなかった《トビト書》《シラク書》《エノク書》や外典《詩篇》等の外典・偽典,《ヨブ記》のアラム語訳等。大部分は断片であるが,上記の1QIsaは全66章を含むほぼ完全な写本であり,若干の表記上の相違のほかは現行のヘブライ語本文との違いが認められない。(2)《イザヤ書》《ホセア書》《ミカ書》《ナホム書》《ハバクク書》《ゼパニヤ書》《詩篇》等の注解 ここには終末論的世界観に基づくきわめて主観的な解釈が見られる。(3)非経典的な教団文書 この教団の特色を示すもので,内容的に最も重要である。おもなものを挙げると,《共同体の規律》(1QS)は当教団の入会儀礼,教理,規律,賛歌を記し,《光の子と闇の子の戦い》(1QM)は終末時の戦闘の状況を描き,《賛美の詩篇》(1QH)は契約の恩恵と選びの思想を強調した詩篇である。アラム語の《外典創世記》(1QapGen)は《創世記》の記事を想像によって拡充したもの。《銅の巻物》(3Q15)は神殿の宝物の表とその隠し場所を記した銅板の巻物。1977年に初めて全巻が公刊された《神殿文書》(11QTemple)は,エルサレム神殿や潔めに関する規律を述べ,理想的神殿の計画を記す,死海写本中最も長大な巻物である。以上は死海写本によって初めて世に知られた文書であるが,安息日戒律を説き〈義の教師〉に言及する《ダマスコ文書》(CD,4QD)は20世紀初頭すでにカイロで発見されている。
〈クムラン文書〉を蔵していた共同体がユダヤ教エッセネ派に属するという,発見当時の仮説は,その後の証拠により着々と裏付けられ,この世を光(真実の霊)と闇(虚偽の霊)との戦いの場とし,終末における光の勝利を確信し,厳格な戒めを守りつつメシアの到来を待ち望むという彼らの生活態度は,洗礼・聖餐という典礼とともに原始キリスト教会に引き継がれたと想定することもできる。一方,死海写本は旧約聖書本文の歴史や当時のヘブライ語・アラム語の解明のため,新しい光を投じたものであることは言うまでもない。
執筆者:松田 伊作
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…1951‐56年に,古い要塞の跡からこれら古代写本の所有者と思われる共同体の大きな建物の全構造が明らかにされた。それは今日〈クムラン共同体(教団)〉と呼ばれ,出土写本群は〈クムラン写本〉または〈死海写本〉と呼ばれている。この共同体は修道院的性格をもった祭司集団で,前130年ころ〈義の教師〉なる人物によってエルサレムの神殿祭儀に反対して創設された。…
…その系統の完全な本文である〈レニングラード写本〉(1008)およびその4分の1が失われた〈アレッポ写本〉(930ころ)が最近の学問的校訂本の底本として使用されている。なお今日では各種の古代語訳とともに,1947年以後の数年間に死海北西岸のクムラン洞穴などから発見された,前2世紀から後2世紀にさかのぼる〈死海写本〉の読みが本文の校訂や批評のために参照されている。近年の完結したすぐれた学問的校訂本は,キッテル=カーレ編集の《ビブリア・ヘブライカ》(第3版1937,第7版1951)およびこれに代わるエリガー=ルドルフ編集の《ビブリア・ヘブライカ・シュトゥットガルテンシア》(1967‐77)である。…
…しかし聖書考古学の最大の成果は,資料の乏しかった古代パレスティナに対して,パピルスや粘土板,石碑,オストラコン(陶片)などに記された文字資料を提供したことであろう。ことに死海北端西側の段丘上にあったクムラン教団修道院跡周辺の洞窟から発見された死海写本は,《イザヤ書》《ハバクク書註解》などを含み,20世紀最大の発見とさえいわれた。さらにこうした文字資料の発見は,歴史的背景や歴史的事実と聖書との関連の解明に,大きな手がかりを与えたばかりでなく,聖書の本文確立への貴重な資料となり,また古代ヘブライ語やアッカド語など関連諸言語の解明に貢献している。…
※「死海写本」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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