日本大百科全書(ニッポニカ) 「母斑症」の意味・わかりやすい解説
母斑症
ぼはんしょう
皮膚に母斑様の病変を生ずると同時に、器官にも多少とも動きを示す組織異常を生じ、これらの病変が集まって一つの疾患単位を形成するものの総称。遺伝性が明らかにされているものが多い。一般に中枢神経の異常を伴うものが少なくないが、伴わないものもある。母斑の場合と同様に、胎生期の早い時点に、体のどこかに異常細胞(母斑症芽細胞)が発生し、それが皮膚および皮膚以外の器官に分布し、そこで不十分ながら分化、増殖しておこるものと思われる。このようにして、母斑症の病変は胎生期に宿命づけられていると考えられるが、すべての病変が生まれたときから症状を現すとは限らず、一般的には年齢が進むにつれて個々の病変が顕著となって、病変の数や種類が増加する。
母斑症には、母斑症芽細胞が、神経堤に生ずる場合、間葉に生ずる場合、ならびに、どこに生ずるか現在不明の場合がある。
[川村太郎・土田哲也]
神経堤に生ずる場合
芽細胞が神経堤に生ずると考えられるものに次のものがある。
(1)太田(おおた)母斑 普通、母斑症とされていないが、きわめて小規模の母斑症とすることができる。皮膚以外の病変として、眼球の強膜の青黒色色素斑を生じたり虹彩(こうさい)や脈絡膜の色が濃くなったりする眼球メラノージスを伴う。また口腔(こうくう)粘膜にも色素斑がみられる。
(2)神経皮膚黒色症 皮膚に母斑細胞母斑が生ずるとともに、脳膜(髄膜(ずいまく))、脊髄(せきずい)膜、脳や脊髄の中の血管周囲組織にも、母斑細胞類似の細胞が増殖する疾患である。この病変の芽細胞は母斑母細胞と同様に神経堤に発生し、前記諸器官に広く分布するものと思われる。皮膚の母斑細胞母斑は大形の先天母斑である。中枢神経の症状は、生後まもなく現れる場合と、あとになって種々の時点で現れる場合とがある。
(3)レックリングハウゼンRecklinghausen病 この場合も母斑症芽細胞は神経堤に生じたものと考えられる。皮膚病変のおもなものは、大(指頭大以上)・小(米粒大くらい)の色素斑と、通常指頭大内外の柔らかく隆起した神経線維腫(しゅ)である。これらの病変は、初めは軽微であるが、年齢とともに著しくなってゆく。幼小児期では大色素斑だけがみられることが常である。個々の色素斑は扁平(へんぺい)母斑と似ているが、扁平母斑は多数に生ずることはまずないが、レックリングハウゼンの色素斑は多発(6個以上といわれている)することが常である。したがって、幼小児で色素斑だけがみられる場合、その数が少なければまず扁平母斑を考え、多数であればレックリングハウゼン病を考える。本病ではまたしばしば貧血母斑がみられる。皮膚病変があるからといって、ほかの器官の病変が顕症であるとは限らないが、本病の場合におこりうるほかの器官の病変には、中枢神経の腫瘍(しゅよう)、眼の種々の病変、脊柱や脚の骨の彎曲(わんきょく)、骨腫瘍、種々の内臓腫瘍などが知られている。
[川村太郎・土田哲也]
間葉に生ずる場合
血管は胎生期の間葉から生ずる。間葉に母斑症芽細胞が生じた場合、それが血管成分に混じって分布する性質のものであれば、皮膚および皮膚以外の器官に血管の異常がおこってもよいはずである。皮膚の血管腫と内臓や脳の血管腫とが併発する血管腫症は、このようにしておこったものと考えられる。血管腫症は早くから知られていたが、今日ではさらに詳しく調べられて、種々の母斑症に分類されている。血管腫症に属する母斑症のなかには中枢神経の病変を伴わないことが普通のものもある。
(1)スタージ‐ウェーバーSturge-Weber症候群 血管腫症の一種で、顔面の血管腫に、眼圧の上昇と脳膜の血管腫とが併発する疾患である。
(2)クリッペル‐ウェーバーKlippel-Weber症候群 血管腫とそれのある部位の肥大(たとえば脚が他側より長くなる)とを伴うものである。
(3)青色ゴムまり様母斑症候群 皮膚の血管腫と腸の血管腫とを併発する疾患で、腸の血管腫からの出血が重要な症状である。
(4)ブルヌビユ‐プリングルBourneville-Pringle病 皮膚や腎臓(じんぞう)の病変の基本的なものは間葉系の病変であって、これに二次的病変が加わったものと思われる。また本病の重要病変の一つである結節性硬化症は脳の病変であるが、神経細胞の病変はむしろ二次的であって、原発性の病変は間葉性病変と考えられる。眼の病変もまた重要であるが、ここでも血管の著しい病変がみられる。この病気の三つの重要な症状として、顔面の血管線維腫と、てんかん発作、進行性の知能障害があげられている。このほかに眼、腎臓などいろいろの病変が知られている。個々の病変の重さはケースによってまちまちである。また脳の病変が軽度であって、正常もしくは優秀な知能をもっているのに、腎臓の病変が著しく重いなど、各病変の重さはかならずしも並行しない。近時、臨床医学と検査設備の進歩に伴い、脳や眼の病変の治療をはじめとして、この病気の治療は進歩した。
[川村太郎・土田哲也]
発生場所不明の場合
母斑症病変の芽細胞がどこからできるのか不明のものに、ポイツ‐ジェガースPeuz-Jeghers症候群、多発性基底細胞母斑症候群などがある。ポイツ‐ジェガース症候群では口唇、口腔(こうくう)粘膜、手足の指腹、手のひらと足底にきわめて特徴的な色素斑がみられる。これと同時に、腸および胃に多発性のポリープを生ずる。ポリープのために腸重積などの急性腹症をおこし、手術が必要となることもある。
[川村太郎・土田哲也]