日本大百科全書(ニッポニカ)「母斑」の解説
母斑
ぼはん
「母斑は皮膚の組織奇形であって、多少の動きを示すものである」と定義される。以前は「皮膚面の色や形の異常を示す限局性の皮膚組織の奇形で、生涯あまり変わらないもの」とされていた。俗に「あざ」とよばれているものには母斑であるものが少なくない。母斑には、生まれたときからあるもの(先天母斑)と、生後に生ずるもの(後天母斑)とがある。先天母斑はもとより、後天母斑もまた胎生期の早い時点にすでに組織の形態異常が宿命づけられていたものと考えてよい。胎生期に皮膚がつくられる経過をみると、上皮系、間葉系および神経堤系の3要素によって形成されるが、母斑の主成分を調べてみると、これらの3要素のいずれか一つが胎生期にでき損なったものであることがわかる。母斑には遺伝性はなく、その個体限りの異常であると考えてよい。母斑はその主成分が属する胎生期の系列に従って、上皮系、間葉系および神経堤系のいずれかに分類することができる。
[川村太郎]
神経堤系母斑
もっともしばしばみられるもので、なかでも母斑細胞母斑がもっとも多い。母斑細胞母斑のなかでいちばん普通にみられるものは「ほくろ」である。あまり厳密なものではないが、母斑細胞母斑のなかで、直径1.5センチメートル未満のものは後天性、1.5センチメートル以上のものは先天性であるとされている。上下の眼瞼(がんけん)(まぶた)に母斑細胞母斑があって、目をつぶると上下の眼瞼縁で母斑の輪郭がつながって一つの母斑にみえることがある。このようなものを分離母斑という。ヒトの目は胎生期の9週から上下の眼瞼が連続することによって閉じ、15週でふたたび上下の眼瞼が分離して眼裂が生ずるということがわかっている。したがって、分離母斑を形成する異常細胞(母斑母細胞)が神経堤から皮膚にきて定着する時点は、目が閉じている間、すなわち胎生期九週から15週までの間であると考えられている。そして、おそらくほかのすべての母斑細胞母斑でもだいたい同じころに母斑細胞の母細胞が皮膚に定着するものであろう。かりに5、6センチメートルの分離母斑を中等大とすれば、さらに大きいものや著しく大きいもの(巨大母斑)もある。巨大母斑には、たとえば背面の大部分を覆い、さらに躯幹(くかん)前面や四肢にまで及ぶものもある。先天性の大きい母斑がある場合、その母斑から悪性黒色腫(しゅ)が生ずることがあること、また神経皮膚黒色症を併発する場合があることが知られている。
母斑細胞母斑の治療は大きさで異なる。ほくろの場合には切除縫縮する。大きくなるにしたがって、切除後の修復に種々のくふうが必要となる。太田母斑、青色(せいしょく)母斑、扁平(へんぺい)母斑なども神経堤系の母斑である。扁平母斑は普通あまり大きくなく、親指の先くらいの褐色斑である。
[川村太郎]
上皮系母斑
表皮母斑(疣状(ゆうじょう)母斑)、脂腺(しせん)母斑などがこれに含まれる。表皮母斑は、褐色調が強くて柔らかいものと、褐色調が弱くて硬いものとがある。いずれも小結節が列をなして、一種独特の模様を描く場合が多い。脂腺母斑は頭部や顔面に生ずる場合が多い。初めは周囲の皮膚とほぼ同じ高さであって、やや黄褐色を呈し、頭髪中に生じた場合はそこだけ毛が生えていない。しだいに高まりが増し、不規則な凹凸となる。さらに放置すると、その一部が基底細胞上皮腫になることがある。治療としては、表皮母斑は切除するか、迅速に回転するやすりで削り取る。脂腺母斑は切除する。
[川村太郎]
間葉系母斑
イチゴ状血管腫、単純性血管腫(ポートワイン母斑)、貧血母斑などがある。イチゴ状血管腫および単純性血管腫は、慣習として良性腫瘍(しゅよう)として取り扱われている。貧血母斑とよばれるものは不規則形の指頭大の斑で、周囲の皮膚よりもやや白っぽくみえる。摩擦したり入浴したりして皮膚が赤くなると、貧血母斑のところの皮膚は蒼白(そうはく)のままにとどまるから、著しく明瞭(めいりょう)となる。なお、比較的まれではあるが、表在性脂肪腫性母斑というものがある。これは真皮の組織が脂肪組織で置き換えられ、その部位がエンドウ大まで膨隆して連なり、しばしば黄色にみえる。柔らかくて指圧でたやすくへこませることができる。
[川村太郎]