最新 心理学事典 「比較行動学」の解説
ひかくこうどうがく
比較行動学
ethology
比較行動学の基本的な考え方は,ティンバーゲンが提唱した行動に関するティンバーゲンの四つの問いTinbergen's four questionsにまとめることができる。これは,⑴至近要因(行動を直接引き起こすメカニズム),⑵発達(個体の一生の中での行動の変化),⑶機能(環境に適応するための行動),⑷進化系統(進化の歴史の中での行動の変化)についての問いである。この四つの問いのうち,⑶と⑷を合わせて究極要因とよぶこともある。この究極要因の解明を中心とする研究分野が行動生態学behavioral ecologyである。一方,至近要因や発達については,人間を対象とした心理学psychology,あるいは動物心理学animal psychologyといった分野において追究されてきた。なかでも神経行動学neuroethologyは,測定装置の進歩などにより近年発展が著しい。また動物心理学の中でも,認知科学的な手法を用い,機能や進化系統も考慮に入れた視点を取るのが比較認知科学comparative cognitive scienceである。人間を対象としたものはとくに進化心理学evolutionary psychologyとよばれる。
ティンバーゲンの四つの問いとともに,比較行動学のもう一つの柱となっているのが,ユクスキュルUexküll,J.J.B.vonが提唱した環世界Umwelt(環境世界)の概念である。環世界とは,それぞれの種が独自にもっている知覚世界のことであり,物理的な時間や空間も,それぞれの種にとっては独自の時間・空間として知覚されている。この意味では比較行動学は,さまざまな種の環世界を理解しようという試みであるといえる。初期の比較行動学において発見された刷り込みや生得的解発機構は,それぞれの種が外界の刺激を受け止め,環世界を形成していくメカニズムの例であるともいえるだろう。それらは進化的な適応の結果としてもたらされた機能であるが,個体の発達の中で学習される要素もある。また,それらのメカニズムには種や系統ごとの違いもある。このように,四つの問いはそれぞれ行動への視点が異なるというだけではなく,複雑に関係し合って行動を形成している要因を解きほぐすための手段であるともいえる。 →行動生態学 →進化心理学 →生得的解発機構 →比較認知科学
〔小田 亮〕
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