生得的解発機構(読み)せいとくてきかいはつきこう(英語表記)innate releasing mechanism

世界大百科事典 第2版の解説

せいとくてきかいはつきこう【生得的解発機構 innate releasing mechanism】

IRMと略記することもある。動物の行動を引き起こす最も基本的なしくみと考えられるもので,遺伝的にプログラムされた行動の発現を説明する機構。解発機構(ドイツ語でAuslösemechanismus)の語はK.ローレンツ提唱になる。動物の生得的な行動の背後にはそれを発現する潜在的エネルギーがつねに蓄えられた状態にあり,これを引き出すリリーサー(あるいは,それに含まれる鍵刺激)によってその行動が発現するという考えに基づくもの。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

生得的解発機構
せいとくてきかいはつきこう
innate releasing mechanism

動物の行動を誘引すると考えられる解発機構のうち、もっとも基本的なもので、IRMと略記することが多い。オーストリアの動物学者ローレンツK. Lorenz(1935発表)は、ドイツの動物学者ユクスキュルJ. V. Uexkll(1909発表)の考えをもとに、生得的解発図式angeborenes Auslse-Schema(ドイツ語)、innate releasing schemaという用語を提唱した。この語の英語訳として、ティンバーゲンN. Tinbergen(1951発表)が生得的解発機構とよんだ。
 この機構は、生得的行動が特定の鍵(かぎ)刺激と正確に対応している根拠として、定型的な刺激・反応の結合を可能にするために、遺伝的にプログラムされて中枢に存在する特殊な感覚神経機構として仮定されたものである。つまり、特定の鍵刺激を抽出して、特定の行動を発現させる濾過(ろか)機構と考えてよい。現在、鍵刺激抽出ニューロンともいうべき、この機構を支える神経構造を具体的に実証する努力が、神経行動学徒によって続けられている。
 ティンバーゲンは、生得的行動の発現を規定する内的要因が、外的要因(リリーサー)と協働して自発的にインパルス(衝撃)を産出する中枢神経系の機構を想定し、行動の階層モデルといわれる生得的行動発現のモデルを示した。このモデルは、生得的解発機構の働きによってインパルスの連続的放出を阻止していた障害が解除されると、上位中枢に蓄積されたインパルスが下位中枢に伝達されて、刺激に対応した適応的行動が発現することを示している。[植松辰美]

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最新 心理学事典の解説

せいとくてきかいはつきこう
生得的解発機構
innate releasing mechanism(英),angeborener Auslösemechanismus(独)

特定の刺激を知覚した生物がこれに対応した一連の固定的な行動をとるという固定的動作パターンfixed action patternを説明するために,ティンバーゲンTinbergen,N.とローレンツLorenz,K.Z.が立てた概念である。IRM,AAMと略称される。特定の刺激を鍵刺激(解発刺激)とよび,これによって誘発される固定動作パターンは,生物に生得的に備わった機構(メカニズム)によるものであるとする。

 ティンバーゲンは,トゲウオの複雑な求愛行動や攻撃行動に注目し,数多くの実験研究を行なった。雄のトゲウオは,自分の縄張りに他の雄が侵入すると激しい攻撃を行なう。雄の姿のどのような特徴が攻撃行動を誘発するかを調べるために,さまざまな種類の模型が,縄張りにいる雄に見せられた。その結果,実物の雄にそっくりだが腹が赤くない模型にはまったく攻撃が行なわれなかった。しかし,実物とはまったく似ていない単純な平たい楕円形をした腹部が赤い模型には攻撃が行なわれた。すなわち,攻撃行動を引き出す鍵刺激は,雄のような形ではなく,大ざっぱに魚の形をした腹部が赤い対象であった。

 繁殖期の雄は腹部が赤くなる。この婚姻色は超正常刺激supernormal stimulusの一つと考えられる。超正常刺激とは,実物ではありえないほど刺激特徴を極端に誇張した偽物のほうが,生物を引きつけて本能行動を誘発するものをいう。たとえば,ティンバーゲンが実験を行なったミヤコドリは,通常3個の卵を産んで保温するが,そばに5個の卵をかためて置くと,そちらを抱こうとする。ほかにセグロカモメの餌乞い反応など,さまざまな事例が知られている。

 生得的解発機構には,カイコガのフェロモンのように末梢の感覚器だけで処理が完結するものも存在する。シュナイダーSchneider,D.(1957)は,カイコガの雄の触覚は,雌の性フェロモンにのみ選択的に応答するように特殊化していることを見いだした。

 しかし,鍵刺激を抽出するために,このような感覚器官の特殊化が生じることはまれである。たとえば,トゲウオの眼は他の雄の赤い腹を見るために特殊化しているわけではなく,求愛行動のために作る複雑な構造の巣材となる水草や小石など詳細な視覚情報を網膜から得ている。赤い腹を選択し,雄の姿や大きさなどを無視するためには,より高次な神経回路が関与している。

 ヒキガエルが空腹時に,視野内を移動する小さな物体を発見すると,その方向に向き直り,そっと忍び寄って両眼で対象をとらえ,舌をすばやく伸ばして対象をつかんで飲み込み,前肢で口をぬぐう。この一連の行動も生得的解発機構の一例である。カエルは,視角で4~8°の範囲の大きさの対象が一定の速度で移動するときに捕食を行なう。しかし形は横長でなければならず,縦長の対象には反応しない。横長の対象(虫刺激)が長辺に平行な方向で動いたときのみ,この行動が解発される。

 一連の処理は,網膜での刺激受容から始まり,視神経を経て,中脳の視蓋で完遂する。網膜の視細胞で刺激を受容し,網膜内の双極細胞,アマクリン細胞で情報が修飾,統合されて,神経節細胞を経て視神経から視蓋へ至る。視蓋の神経細胞には,虫刺激に特異的に反応し,かつ捕食行動と密接な関係を示すものがある。この神経細胞を電気刺激すると,あたかも虫を発見したかのように架空の虫に定位し,前肢で口をぬぐうまでの一連の捕食行動を完遂させる。 →本能
〔川合 伸幸〕

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世界大百科事典内の生得的解発機構の言及

【行動】より

…まず動物の内部で特定の行動に対する衝動driveまたは動機づけmotivationが高まる。そういう状態において適切な信号を伝えるリリーサー(解発因)に出会うと,生得的解発機構を介してその行動が解発されるというわけである。したがって,内的状態と外的条件が二つながらそろって,初めて適切な行動が解発されることになる。…

※「生得的解発機構」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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