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池田輝方 いけだ てるかた

美術人名辞典の解説

池田輝方

日本画家。東京生。妻は日本画家池田蕉園。名は正四郎。水野年方について浮世絵を学ぶ。鏑木清方、大野静方らと烏合会を結成、のち川合玉堂に師事し、文展で受賞を重ね無鑑査出品、夫婦ともに特選となる。また石井林響・山内多聞らと如水会を結成。妻蕉園と共に人物画を能くし、浮世絵系の風俗画家として活躍した。大正10年(1921)歿、39才。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

池田輝方 いけだ-てるかた

1883-1921 明治-大正時代の日本画家。
明治16年1月4日生まれ。妻は池田蕉園。子に輝之。水野年方,川合玉堂にまなび,美人画,風俗画を得意とした。明治34年鏑木(かぶらき)清方らとともに烏合(うごう)会をつくる。大正5年文展で「夕立」が特選。8年石井林響らと如水会を結成。大正10年5月6日死去。39歳。東京出身。本名は正四郎。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

池田輝方
いけだてるかた
(1883―1921)

明治・大正の日本画家。東京・木挽(こびき)町に生まれる。本名正四郎。絵は水野年方(としかた)に学び、年方没後、川合玉堂(ぎょくどう)に師事した。美人画、風俗画を得意とし、初期日本美術院展、文展、帝展を場として活躍、1916年(大正5)の第10回文展には『夕立』で特選受賞、1919年第1回帝展に『絵師多賀朝湖流さる』(目黒雅叙園蔵)を推薦出品した。1901年(明治34)鏑木清方(かぶらききよかた)、山中古洞、大野静方らと烏合会(うごうかい)を結成、また1919年(大正8)には石井林響、山内多門らと如水会を組織している。妻蕉園(しょうえん)とともに文展の鴛鴦(おしどり)画家とうたわれた。[小林 忠]

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