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鏑木清方 かぶらき きよかた

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美術人名辞典の解説

鏑木清方

日本画家。東京生。名は健一。14才の時水野年方に入門し、新聞や雑誌で挿絵を執筆した。烏合会、のち金鈴社を結成。江戸文化の教養に支えられ、粋の美意識を反映した人物画、ことに美人画に多くの秀作を生み出す。文筆家としても優れ『こしかたの記』等多くの随筆集がある。帝室技芸員芸術院会員文化功労者文化勲章受章。昭和47年(1972)歿、93才。

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デジタル大辞泉の解説

かぶらぎ‐きよかた【鏑木清方】

[1878~1972]日本画家。東京の生まれ。本名、健一。水野年方に師事し、早くから挿絵を描き、情趣豊かな明治の風俗を絵にとどめた。歌川派浮世絵から出て、文学的教養と清新な感覚で、近代的美人画および風俗画の分野を切り開いた。随筆家としても有名。文化勲章受章。

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百科事典マイペディアの解説

鏑木清方【かぶらききよかた】

日本画家。本名健一。戯作者条野採菊の長子として東京に生まれる。14歳のとき水野年方に入門,さし絵画家として名をあげたが,1901年同志と烏合会を結成して本格的絵画に進み,翌年《一葉女史の墓》を発表。
→関連項目伊東深水上村松園歌川派吉川霊華美人画

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

鏑木清方 かぶらき-きよかた

1878-1972 明治-昭和時代の日本画家。
明治11年8月31日生まれ。条野採菊(じょうの-さいぎく)の子。水野年方(としかた)に師事。明治35年「一葉女史の墓」で注目される。以後,浮世絵の伝統をいかした作品を発表。文展で活躍し,帝展審査員となる。昭和12年芸術院会員。29年文化勲章。昭和47年3月2日死去。93歳。東京出身。本名は健一。作品はほかに「築地明石町」など。著作に「こしかたの記」。

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江戸・東京人物辞典の解説

鏑木清方

1878〜1972(明治11年〜昭和47年)【日本画家】江戸浮世絵の技法に近代的な息吹を与えた。 清楚な美人画は秀逸。明治〜昭和期の日本画家。東京都出身。本名健一。水野年万(としかた)に師事し、1901年(明治34)烏合会、1916年(大正5)金鈴社を結成。文展・帝展で受賞を重ね、粋な江戸文化の遺風漂う気品ある美人画・風俗画・肖像画の分野を開拓した。第8回帝展で帝国美術院賞を受賞した「築地明石町」は、近代日本画の代表的美人画として評価が高い。帝国美術院会員・帝室技芸員。文化勲章受章。「こしかたの記」など随筆集も多い。

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世界大百科事典 第2版の解説

かぶらぎきよかた【鏑木清方】

1882‐1972(明治15‐昭和47)
日本画家。本名健一。東京の神田に生まれる。父は戯作者,小説家で《東京日日新聞》《やまと新聞》創刊者の条野採菊(じようのさいぎく)(伝平,山々亭有人。1831‐1901)。1891年,月岡芳年の高弟水野年方(1866‐1908)の門に入り,17歳ころから新聞挿絵を描いて知られ,尾崎紅葉,泉鏡花らに親しんだ。1901年大野静方,鰭崎英朋らと烏合会を結成し,浮世絵から本格的絵画への展開をはかり,09年《一葉女史の墓》を発表。

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大辞林 第三版の解説

かぶらぎきよかた【鏑木清方】

1878~1972) 日本画家。東京生まれ。本名、健一。浮世絵の流れを継ぐ水野年方としかたの塾に入り、挿絵画家として出発。のち日本画を制作、江戸から明治にかけての情緒豊かな風俗画を得意とした。作「築地明石町」「三遊亭円朝」など。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

鏑木清方
かぶらききよかた

[生]1878.8.31. 東京
[没]1972.3.2. 鎌倉
日本画家。小説家で『やまと新聞』社長の条野採菊の子で,母方の鏑木姓を継いだ。本名は健一。 1891年より江戸浮世絵派の水野年方に師事。早くから新聞,雑誌の挿絵を描き,尾崎紅葉の『金色夜叉』,島崎藤村『破戒』,泉鏡花の作品の挿絵などで世に知られた。

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世界大百科事典内の鏑木清方の言及

【イラストレーション】より

…また明治30年代はようやく〈挿絵画家〉が,職業としてもジャンルとしても成立した時期である。これらの雑誌では,前記の画家に加え,浮世絵系の月岡芳年門下である水野年方,右田年英,山中古洞,鏑木清方,鰭崎(ひれざき)英朋(1881‐1968)ら,日本画畑の寺崎広業,富岡永洗,松本楓湖,尾竹国観,鈴木華邨,久保田米僊らが活躍した。ことに明治末から大正にかけては清方,英朋に加え,永洗門下の井川洗厓が目立つ。…

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