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泉靖一 いずみせいいち

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

泉靖一
いずみせいいち

[生]1915.6.3. 東京
[没]1970.11.15. 東京
文化人類学者。 1938年京城帝国大学 (現ソウル大学) 卒業。明治大学東京大学の各教授を歴任。その間旺盛な野外調査に終始し,調査地域は朝鮮済州島,中国北興安嶺の東アジアから,西ニューギニア,さらに南アメリカアマゾンアンデス地方にまで及んでいる。

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百科事典マイペディアの解説

泉靖一【いずみせいいち】

文化人類学者。東京都出身。京城帝国大学法文学部卒。同大学勤務中に済州島,中国東北部のオロチョン族,ニューギニアなどの社会を調査。1951年東京大学に勤務,文化人類学教室の創設,運営に努める。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

泉靖一 いずみ-せいいち

1915-1970 昭和時代の文化人類学者。
大正4年6月3日生まれ。母校の京城帝大で済州島,中国東北部などの調査にあたる。昭和26年東大助教授石田英一郎とともに日本初の文化人類学講座をひらいた。39年教授。45年東大東洋文化研究所所長。4度にわたってアンデス学術調査団団長をつとめた。昭和45年11月15日死去。55歳。東京出身。著作に「インカ帝国」「フィールドノート」など。

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世界大百科事典 第2版の解説

いずみせいいち【泉靖一】

1915‐70(大正4‐昭和45)
文化人類学者。東京に生まれ,父の泉哲について韓国に行き,京城帝国大学を卒業。社会人類学の研究のため済州島,オロチョン族,ゴルジ族などを調査。第2次大戦後,石田英一郎と共に東京大学に新設された文化人類学教室の運営にあたるかたわら,ペルーの先史学研究を推進,日本におけるラテン・アメリカの人類学的研究発展の基礎をすえた。旺盛な行動力をもって学会関係その他の要職をつとめ,多彩な著作活動を通じて文化人類学の普及にも大きな役割を果たした。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

泉靖一
いずみせいいち
(1915―1970)

文化人類学者。東京に生まれる。京城(けいじょう)帝国大学卒業後、引き続き同大学で済州島、満州(中国東北)のナーナイ人などを対象に人類学の研究と調査を行う。第二次世界大戦後、日本に引き揚げ、1951年(昭和26)東京大学助教授に就任、石田英一郎とともに同大学の文化人類学教室の開設にあたる。ブラジル日系人社会からアンデス先史学へと研究を広げ、58~69年まで東京大学のアンデス調査を推進し、わが国の中南米人類学研究、とくに先史学分野で指導的役割を果たした。韓国学界との交流もいち早く促進するなど国際的にも活躍し、また、人類学的観点からの文筆活動も広範な分野にわたり、『泉靖一著作集』(全7巻・読売新聞社 1971~72)ほか多くの著作がある。[大貫良夫]
『泉貴美子著『泉靖一と共に』(1971・芙蓉書房)』

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世界大百科事典内の泉靖一の言及

【アンデス文明】より

…1940‐50年代はクローバー,ストロング,ベネット,ウィリー,ロウなどアメリカの学者が活躍し,ビルー谷調査で編年体系を確立した。60年代では,泉靖一をはじめとする日本の調査団がコトシュほか形成期の遺跡発掘を手がけるようになった。その頃からペルー人の研究者も多くなり,70年代では石期や古期の研究にフランス,アメリカ,ペルーの研究者が活躍した。…

【コトシュ】より

…最も重要なものは最下層の土器を伴わない神殿遺構群で,階段で結ばれるテラスに独立して建てられ,なかでもシンボリックな〈交差した手〉の男女対のレリーフを壁龕(へきがん)に飾った9m×9m×2mの主神殿はミト文化と命名され,すでに世界に知られている。中央アンデス文化史上で,三つの節目をなすチャビン,ティアワナコ,インカの3文化の最初であるチャビン文化(前900年ころ)の生成に関連して,ペルー考古学の父J.C.テーヨはすでにコトシュ遺跡の重要性を説いていたが,泉靖一を団長とする東京大学アンデス地帯学術調査団は1960,63年の2回,大規模発掘調査を行い,予測を実証するとともに先行する無土器神殿文化(ミト文化)の存在を新しく確認した。この新知見はアンデス文明の起源を解明するうえで欠かすことのできない重要なものとなっている。…

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