法律の留保 (ほうりつのりゅうほ)
この語には,二つの意味がある。第1の意味では,法律の留保は,ドイツ語のVorbehalt des Gesetzesの訳として,行政権の発動は法律の根拠に基づかなければならないという原則をさす。第2の意味では,それは,ドイツ語のGesetzesvorbehaltの訳として,権利を保障する憲法において,その権利が法律によれば制限・侵害されるとの定めがなされる場合において,権利保障が法律上のものでしかないことを意味する。明治憲法の権利保障はほぼこのような保障にすぎなかった。もっとも,〈法律の留保〉という言葉は,このような二つの意味においてつねに区別されて使われてきたわけではなく,しばしば混用されている。また,第1の意味での〈法律の留保〉についても,今日,法律の根拠に基づかなければならない行政権の範囲について説が分かれ,その範囲を侵害的権力行政にかぎる侵害留保説,社会権にかかわる非権力行政をも含める社会留保説,すべての権力行政に法律の根拠を要求する全部留保説,権力行政と否とを問わず,原則としてすべての公行政に法律の根拠を要求する完全全部留保説などが対立している。ただ,いずれにしても,この意味での〈法律の留保〉は,もともと〈法律から自由な行政gesetzesfreie Verwaltung〉の存在を承認したところに歴史的意義があったドイツ流の外見的立憲制の産物であるところから,国民主権下での妥当性については疑問視する者があらわれている。
→法治国家 →法律による行政
執筆者:室井 力
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
法律の留保
ほうりつのりゅうほ
行政法学上と憲法学上の二つの意義がある。
(1)行政権の行使は法律に基づかなければならないという原理をいう。法律の根拠ともよばれる。行政法の基本原理の一つである「法律による行政の原理」の内容の一つで、主として行政法学上用いられる。ドイツ行政法学の基礎を築いたオットー・マイヤーの創始した観念である。その妥当領域については学説上争いがある。従来、国民の権利自由を制限し義務を課する侵害行為に限るとする侵害留保説が通説で、実務の取扱いもそうであったが、そのほかに、給付行政の領域にも及ぶとするものや、授益的行為を含めていっさいの行政領域に及ぶとする全部留保説も学説上提唱されている。
(2)国民の権利を行政権によって侵すことは禁ずるが、立法権によって侵すことは認めるという原理をさす。主として憲法学上用いられる観念で、明治憲法における人権保障は、この意味での法律の留保を伴っていた。現行憲法下の基本的人権は、この意味での法律の留保の制限を受けない。
[阿部泰隆]
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世界大百科事典(旧版)内の法律の留保の言及
【表現の自由】より
…明治維新後の政権も,国の近代化を図って西欧の絶対的な人権保障を学んだものの,現実には限られた範囲でしか国民の表現の自由を認めなかった。自由民権派の敗退ののち,1889年に成立した大日本帝国憲法29条は〈法律ノ範囲内ニ於テ言論著作印行集会及結社ノ自由ヲ有ス〉と定めていわゆる〈[法律の留保]〉の主義を採り,表現の自由を議会の認める範囲内の相対的な権利にとどめた。この憲法が制定された当時は,帝国議会が,人権を保障しさらに伸張させる立法をすることも期待されたが,実際に制定されたのは,[出版法],[新聞紙法],[治安警察法]など厳重な言論統制のための法律であり,昭和初期には,[治安維持法]に代表されるような極端な弾圧立法が数多く登場した。…
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