改訂新版 世界大百科事典 「給付行政」の意味・わかりやすい解説
給付行政 (きゅうふぎょうせい)
行政法学上の観念であるが,もともとは,ドイツ行政法学で展開されてきたleistende VerwaltungまたはLeistungsverwaltungという概念(その提唱者はE.フォルストホフ)を日本に紹介するに際して用いられた訳語である。紹介されたのは,第2次世界大戦後のことであるが,近年では,日本の行政法の教科書等でもこの観念を用いている例がかなりみられる。
給付行政は,公行政の分類上の概念の一つであって,市民の自由の保障を旨とする市民的法治国では,行政は,社会公共の秩序を維持するための権力的活動を中心とするのに対して,現代国家においては,行政はそれにとどまらず,国民の生活を支え,あるいはその福祉を増進するため,各種の便益を提供する,いいかえれば,給付することを重要な任務とするようになったことに対応して構成された。したがって,このなかには,社会保障行政のほか,水道・電気・ガスなどの供給行政,さらには,補助金の交付のような資金交付行政を含めて考えるのが通例である。
給付行政の観念でとらえるような行政活動が,現在,公行政のなかできわめて重要な地位をしめていることは,一般に認められるところである。ただ,この給付行政の概念がただちに何らかの法的効果をもたらす法概念であるかどうかについては,行政法学上,かねてから議論の対象となっており,現在では,厳密な意味における法概念ではない,とみるのが一般的な見解とみてよい。給付行政といっても,上に指摘したように多様なものが含まれているので,ある行政活動が給付行政に当たるからといって,ただちに一定の法効果を導き出すことはできないからである。例えば,給付に対してそれを受ける者が法律上の請求権を持つかどうかはいちがいにはいえない。また,一般論として,給付行政を実施するにはいちいち法律の根拠を必要としないということもできない。
しかし,行政法学の対象が,市民的法治国原理を前提として,市民の自由や財産を公共の秩序を維持する観点から制約する侵害行政,あるいは秩序維持行政に関する法現象を中心としていたのに対して,それでは,現代行政における法現象を全体としてとらえることには不十分であることを明確にし,かつ,この給付行政に関しても,行政が服すべき特別の法原理があるのではないかという問題を提起したという意味で,給付行政の観念は重要な機能を果たしたといえる。また,従来の行政法学では見過ごされてきた問題を発見する場として,給付行政の観念を立てておくことも,有意義なことがあろう。
→行政法
執筆者:塩野 宏
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報