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法性寺流 ホッショウジリュウ

4件 の用語解説(法性寺流の意味・用語解説を検索)

デジタル大辞泉の解説

ほっしょうじ‐りゅう〔ホツシヤウジリウ〕【法性寺流】

和様書道の流派の一。法性寺殿とよばれた藤原忠通に始まる。藤原行成の書風に力強さを加えたもので、武家社会で広く行われた。

出典|小学館
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世界大百科事典 第2版の解説

ほっしょうじりゅう【法性寺流】

日本書道の流派の一つで,法性寺に住み法性寺殿と呼ばれた関白藤原忠通にはじまる。小野道風藤原行成の和様を継いで強さを加え,字形を整えた書風で時好にかなって広く行われ,忠通の子藤原兼実らに承け継がれて,鎌倉時代にも流行した。《筆道流義分》では,これから後京極流が出たように記されている。法性寺流の書風の入った遺品としては,藤原(世尊寺)伊行の《葦手(あしで)下絵和漢朗詠抄》(国宝)などが顕著な例。【田村 悦子】

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大辞林 第三版の解説

ほっしょうじりゅう【法性寺流】

和様書道の一流派。藤原忠通の創始。藤原行成の書風に自風を加味して一流をなす。強い筆力と雄渾さが、武家社会に迎えられて流行した。

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

法性寺流
ほっしょうじりゅう

平安末期の能書、藤原忠通(ただみち)の始めた書流。流名は、摂政(せっしょう)・関白に上った忠通が晩年に京都白河の法性寺境内に住したことから法性寺殿とよばれたのにちなむ。彼は当時の伝統的な和様書道に加えて、新興の武家文化の影響に支配されて、重厚で粘りのあるたくましい書を残した。この新書風は、転換期の世情に適合し、大きな流行をみせる。尊円法親王の『入木抄(じゅぼくしょう)』には、「法性寺関白出現之後、天下一向此(この)様に成て、後白川(ごしらかわ)院以来時分如此。剰後京極摂政相続之間、弥(いや)此風さかりなり。後嵯峨(ごさが)院此(これ)までも此躰(このてい)也」と、その流れの展望を示している。忠通の一系には相次いで多くの能書を輩出したが、孫の良経(よしつね)(1169―1206)の後京極(ごきょうごく)流、その子の教家(のりいえ)(1194―1255)の弘誓院(ぐぜいいん)流の名で継承されていく。[神崎充晴]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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世界大百科事典内の法性寺流の言及

【書】より

…しかし,それらに通ずる様式は覆うべくもない時代色としても現れている。平安後期に藤原忠通は行成様に重厚な感覚を付加して法性寺(ほつしようじ)流を創め,これが鎌倉時代の主流となった。武家の書風も公卿風の様式から離れたものでなく,時代相応の書風を形成している。…

※「法性寺流」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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