水辺に生えるアシになぞらえて書いた遊戯的文字で,かな文字が多い。それは水辺の景色の中に絵画的に隠し文字のようにアシ,流水,水鳥,岩などの一部分を文字化して書き加えたもので,藤原時代に行われ,葦手を画面に散らして絵模様を構成するものを葦手絵という。葦手絵は後世に至るまで,色紙の下絵や蒔絵の意匠などとして,広く流布されるようになった。葦手の語は《宇津保物語》《源氏物語》《栄華物語》などに見られるが,《宇津保物語》では,男手,女手,片仮名に続いて,葦手で和歌の書巻を書いたことが記されているから,書体の一種として扱われている。他の物語の記述では明確にしがたい。一条兼良はその著《花鳥余情》に葦手について〈あしの葉のなりに文字を書なり。水石鳥などのかたにもかきなすなり〉と説いている。現存する葦手作品は兼良の説に近いものが多く,西本願寺《三十六人集》の躬恒集,忠岑集,順集の料紙下絵や永暦1年(1160)藤原伊行書写奥書のある葦手下絵《和漢朗詠集》,厳島神社蔵《平家納経》の方便品,分別功徳品,普門品など各巻の見返し絵および他巻の中の料紙下絵,同神社蔵葦手絵檜扇(12世紀後半)などに見え,いずれも絵の中に文字を書き加えて点景としたものばかりである。前述の物語に記述される書体と考えられる資料としては明らかにしがたい。藤原伊行筆葦手下絵《和漢朗詠集》における葦手を実例に挙げると,流水の絵の中に〈〉〈天〉〈(の)〉〈(た)〉,岩の中に〈か〉〈〉〈〉,葦の中に〈〉などを書き入れている。漢字の例では〈天〉があるほかに流水の流れを〈水〉の草書体の線を長く引いて表現した個所が上巻にみとめられるが,これは絵と字義と一致した例である。和歌の中に葦手を一種の絵文字として用いた遺例に,葦手歌切がある。これは《古今和歌集》の断簡で〈ふ〉を飛ぶ鳥の形に擬して書いてあるが,歌意とは無関係で,前述の書体の一種か否か断定しがたい。
→歌絵
執筆者:財津 永次
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
草がな、平仮名、片仮名とともに、平安時代に生まれた仮名書体の一つ。『天徳(てんとく)四年内裏歌合(だいりうたあわせ)』(960)をはじめ、『源氏物語』『栄花物語』などにそのことばがみられ、一条兼良(いちじょうかねら)(1402―1482)以来、この葦手について諸説が出されてきた。だが、『うつほ物語』『新猿楽記(しんさるがくき)』では一つの書体としてあげられており、歌意を表す絵画化された遊戯的な書体と解される。その遺品として、11世紀後半の伝藤原公任(ふじわらのきんとう)筆『葦手歌切(あしでうたぎれ)』(徳川黎明会(とくがわれいめいかい)蔵ほか)があり、12世紀の『本願寺本三十六人家集』(元真集)や『平家納経』(『厳王品(ごんのうほん)』表紙ほか)では料紙の下絵モチーフとして用いられている。また鎌倉時代以降は、調度品、衣装、飾太刀(かざりたち)の装飾にも使用された。
[久保木彰一]
『小松茂美著『かな』(岩波新書)』
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