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津打治兵衛(2代) つうち じへえ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

津打治兵衛(2代) つうち-じへえ

1679-1760 江戸時代中期の歌舞伎作者。
延宝7年生まれ。初代津打治兵衛の子。元禄(げんろく)13年父とともに江戸にいき,江戸狂言の完成につとめた。江戸作者中興の祖といわれる。宝暦10年1月20日死去。82歳。大坂出身。別号に太鼓堂,泥築(どろつく),鈍通。俳名は英子(えいし)。作品に「一心二河白道」「式例和曾我(しきれいやわらぎそが)」「大角力藤戸源氏」など。
【格言など】玉の緒のありたけ嘘を書きつくし今ぞ冥土の道つくりなり(辞世)

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

津打治兵衛(2代)

没年:宝暦10.1.20(1760.3.7)
生年:延宝7(1679)
江戸中期の歌舞伎狂言作者,歌舞伎役者。俳名英子。別号鈍通,泥築,太鼓堂。初代津打治兵衛の子とされる。津打三千良,のち津打治三郎と名乗って役者をしていたが,作者に転じて2代目治兵衛となる。代表作は「一心二河白道」「式例和曾我」など。宝暦5(1755)年剃髪して良仙と号し,禅を学ぶ。その後も狂言を書き続け,江戸三座に勤めて生涯を通じて100以上の作品にかかわり,江戸作者中興の開山と呼ばれた。時代物,世話物のない交ぜという江戸歌舞伎の作劇法を創始した人物である。津打治兵衛の名は4代目まで続き,3代目は鈍通与三兵衛の前名,4代目は幕末の作者。<参考文献>『作者名目』(『日本庶民文化史料集成』6巻)

(加藤敦子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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