清渓(読み)せいけい

精選版 日本国語大辞典 「清渓」の意味・読み・例文・類語

せい‐けい【清渓・清谿】

  1. [ 1 ] 〘 名詞 〙 清らかな谷川。澄んだ谷川の水。
    1. [初出の実例]「雲鶴晴飛紫霄上、野猿清叫清渓口」(出典経国集(827)一三・九日林亭賦得山亭明月秋応太上天皇製〈巨勢識人〉)
    2. 「その下を流るる鳥居川の清渓(セイケイ)と四辺を囲む青山の姿とに」(出典:重右衛門の最後(1902)〈田山花袋〉四)
    3. [その他の文献]〔張正見‐賦得垂柳映斜谿詩〕
  2. [ 2 ] ( 清渓 ) 中国、唐代の県。現在の四川省沱江(たこう)下流の内江県の東北にあった。〔李白‐峨眉山月歌詩〕

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朝日日本歴史人物事典 「清渓」の解説

清渓

没年永徳2/弘和2.6.4(1382.7.15)
生年:生年不詳
南北朝期の臨済宗の尼。畠山家国の娘。鎌倉公方足利基氏執事を務めた国清の妹に当たる。延文3/天正13(1358)年ごろ,基氏に嫁し,氏満を生んだ。早くから禅に心を寄せ,円覚寺黄梅院開山の方外宏遠,次いで円覚寺住持の義堂周信のもとに参禅していたが,貞治6/正平22(1367)年,夫に死に別れたのを機に正式に出家鎌倉時代に尼妙法によって開かれた太平寺を中興し,その長老となった。以後,太平寺の寺格は急激に高まり,鎌倉尼五山制定に際して筆頭地位を得たのも,清渓の入寺によるところが大きかったと思われる。<参考文献>『報国寺過去帳』,三山進『太平寺滅亡―鎌倉尼五山秘話―』

(牛山佳幸)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「清渓」の解説

清渓 せいけい

?-1382 南北朝時代の尼僧
畠山家国の娘。鎌倉公方(くぼう)足利基氏(もとうじ)と結婚し,氏満(うじみつ)を生む。円覚寺の方外宏遠,義堂周信に師事し,貞治(じょうじ)6=正平(しょうへい)22年夫の死を機に出家。鎌倉の臨済宗(りんざいしゅう)太平寺を中興し,その長老となる。のち同寺は鎌倉尼五山の筆頭におかれた。永徳2=弘和(こうわ)2年6月4日死去。

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普及版 字通 「清渓」の読み・字形・画数・意味

【清渓】せいけい

清い谷川。

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