視覚的に定着されたもの(楽譜、覚え書きなど)によらず、その場で作曲し演奏する行為。インプロビゼーションimprovisationともいう。既存の曲に即興的装飾を加えたり、既存の主題を即興的に発展させる部分的即興演奏と、楽曲全体を即興的に創作する全体的即興演奏に大別される。しかし、「楽譜に忠実な」演奏もさまざまなレベルで即興的要素を必然的に含んでおり、その意味では、演奏を即興とそうでないものとに明確に二分する根拠は希薄である。
西洋のバロック期では、アリアの旋律に即興的装飾を加えるコロラトゥーラや、与えられた低音に即興的に和音をつける通奏低音法などがみられる。また、おもに鍵盤(けんばん)楽器による即興演奏も盛んで、多くの変奏曲やフーガなどが生まれた。古典派、ロマン派では主題を発展させる即興が盛んで、ベートーベン、リストらはその名手であった。17、18世紀には協奏曲のカデンツァをソリストが即興演奏するのが盛んになったが、しだいに固定化され、即興性は薄れていった。20世紀以降では楽曲に偶然性や不確定性を取り入れる重要な手段として、ふたたび見直されている。
ジャズやポピュラー音楽ではアド・リブといわれ、とくにジャズでは既存曲に新旋律を付加したり、和音進行の制約のなかで即興演奏するなど重要な要素となっている。民族音楽でも、インド音楽のように、ラーガ(旋法)やターラ(拍節法)の制約のなかで主題を展開させる即興演奏を音楽の本質と考えるものもある。
いずれの場合も、個々の演奏はさまざまな規範に従っているのがほとんどであり、そこにはなんらかの期待される音がある。それから大きく逸脱した演奏は受け入れられないのが普通である。作曲行為が書くことに限定されてきた文化においても、演奏を規制するさまざまな内的・外的要因(楽器、演奏慣習、身体など)を無視した作曲はありえず、同時に演奏の規範をすべて書かれたものとして明示することは不可能なのである。
[卜田隆嗣]
『デレク・ベイリー著、竹田賢一他訳『インプロヴィゼーション』(1993・工作舎)』
楽譜やメモによらずに即座に演奏し,生きた音楽を創造する行為をさす。インプロビゼーションimprovisationともいう。既存の音楽作品や既存のパターンに基づいて装飾を加える部分的な即興,与えられた主題に基づいて自由に装飾を加える発展的な即興,いかなる既存の楽曲や主題も用いないで新しい音楽を作りだす全体的な即興などに区分される。しかしあらゆる即興演奏は,既存の楽曲や音楽のパターンとなんらかの形で潜在的には結びついているし,また楽譜に忠実な演奏も,時間のなかでくりひろげられる限り,なんらかの形で即興的な要素を含んでいるものである。
日本,東南アジア,インド,西アジアの民族音楽は,厳密に音高や時価を規定する楽譜をもたず,即興演奏の役割がひじょうに大きい。東南アジア,インド,西アジアにおいては,インドネシアのガムランに典型的に見られるように,ある一定の音階や旋法やリズム型のなかで自由な演奏がくりひろげられる。
明確な記譜法のシステムをもつ西洋音楽においては,非西欧の民族音楽とくらべ,即興的要素は限定した形で用いられている。ヘブライやユダヤの宗教音楽,グレゴリオ聖歌のアレルヤ,中世のトルバドゥールやミンネゼンガーの歌唱は,豊かな即興的な装飾を用いていたが,ポリフォニーの成立とともに,即興的な要素はしだいに縮小していった。しかしバロック時代に入ってからは,オペラの細かい装飾を加えるコロラトゥーラ,器楽曲における旋律の自由な装飾と変奏など,演奏家に与えられる自由の幅が大きくなった。バロック時代は〈通奏低音の時代〉ともいわれるが,バロック時代の楽譜の最下段には,低音のパートと数字が記されているだけで,そこにどのような和音をつけるかは演奏家にまかされるようになった。J.S.バッハ,D.スカルラッティ,ヘンデルらは,いずれも即興演奏の名手であり,バッハの《音楽の捧げもの》は,バッハがフリードリヒ大王の前で行った即興演奏を記譜した作品である。
主題を与えられて行う即興演奏は,古典派,ロマン派の時代に入ってからも盛んに行われ,タルティーニ,クレメンティ,モーツァルト,ベートーベン,リスト,パガニーニなど即興演奏の名手が続出した。18,19世紀の協奏曲のカデンツァは,演奏家の自由にゆだねられた部分で,このカデンツァの部分は,各演奏家が自分の高度なアクロバット的な名人芸をくりひろげる場になった。しかし19世紀の後半から,内容の空虚な技巧中心の即興演奏に対して反省がなされるようになり,演奏は,楽譜に忠実な再現行為であるという主張が主流を占めるようになる。ただし教会のオルガニストは,20世紀に入ってからも,即興演奏の実践を続けた。20世紀に入ってからは,とくにジャズにおいてインプロビゼーションは重要な要素となった。またケージの〈偶然性の音楽〉やグロボカールの〈集団即興演奏〉など実験音楽の分野でも即興演奏は再評価されている。
→ジャズ
執筆者:船山 隆
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…演奏者に作品の最終的完成をゆだねるという点では,バロックの通奏低音法や20世紀の偶然性(不確定性)の音楽も後者に含まれる。しかし即興演奏は,作品としてのあり方に問題があるとはいえ,ある意味では演奏であると同時に作曲でもある。 作曲の歴史は,社会,政治,文化,科学などの変遷を背景として,音楽の思想,理論(記譜法を含む),演奏の歴史と密接にかかわり合っている。…
※「即興演奏」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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