片岡義男(読み)かたおかよしお

日本大百科全書(ニッポニカ) 「片岡義男」の意味・わかりやすい解説

片岡義男
かたおかよしお
(1939― )

小説家。東京生まれ。早稲田大学法学部卒業。実業家の家に日系三世として生まれるが、まもなく山口県岩国市へ疎開、広島の原爆の閃光(せんこう)を見る。大学在学中からテディ片岡、三条美穂(さんじょうみほ)の筆名で翻訳やコラムを手がける。作家・翻訳家の小鷹信光(こだかのぶみつ)(1944―2015)、作家広瀬正(ひろせただし)(1924―1972)らとパロディ・ギャングを結成、1960年代初めごろからミステリーの専門誌『マンハント』や『ミステリマガジン』などに執筆。一部熱狂的ファンの間で、いまだに伝説の名作「黒いラーメン」は強い支持がある。テディ片岡名義の本では『C調英語教室』(1963)、『テディ片岡ゴールデンデラックス』(1971)などがある。

 片岡義男としての最初の小説は、現代のアメリカを舞台にした連作集『ロンサム・カウボーイ』(1975)だが、本格的な創作活動は角川書店から創刊された『野性時代』に寄稿するようになってから。創刊号(1974)に掲載されたサーフィン題材にした「白い波の荒野へ」は、第1回『野性時代』新人賞の候補となり、1975年(昭和50)8月号の「スローブギにしてくれ」で第2回『野性時代』新人文学賞を受賞する。この作品は映画化もされ、以後オートバイジャズを取り入れた軽妙なタッチ作風が若者の支持を得て、一大ブームを巻き起こし人気作家となる。

 1970年代末から1980年代にかけて、片岡義男はまさしく時代の寵児(ちょうじ)であった。おびただしい数の作品が文庫で出され、またそれが同時に映画化もされることでますます人気に拍車がかかっていった。この時期の代表作としては『人生は野菜スープ』『彼のオートバイ、彼女の島』(1977)、『マーマレードの朝』(1979)、『味噌汁は朝のブルース』(1980)、『メイン・テーマ』(1983)など洒落(しゃれ)たタイトルの青春小説が多数あり、そのいずれもが大ヒットとなったのである。また、カリフォルニアを舞台に私立探偵アーロン・マッケルウェイが活躍する『ミス・リグビーの幸福』(1985)や、5年前、突然姿を消したOLの行方を探すノンフィクション作家の日々を描いた『道順は彼女に訊(き)く』(1997)など、ミステリー・タッチの作品もいくつかある。

[関口苑生]

『テディ片岡著『テディ片岡ゴールデンデラックス』(1971・三崎書房)』『テディ片岡著『C調英語教室』(三一新書)』『『ロンサム・カウボーイ』『人生は野菜スープ』『マーマレードの朝』『味噌汁は朝のブルース』『スローなブギにしてくれ』『彼のオートバイ、彼女の島』『ボビーに首ったけ』『メイン・テーマ』『道順は彼女に訊く』(角川文庫)』『『波乗りの島』(双葉文庫)』『『ミス・リグビーの幸福』(ハヤカワ・ミステリ文庫)』

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「片岡義男」の解説

片岡義男 かたおか-よしお

1940- 昭和後期-平成時代の小説家。
昭和15年3月20日生まれ。昭和50年「スローなブギにしてくれ」で野性時代新人賞。「人生は野菜スープ」など,ビートのきいた文体で現代の若者像をえがく。戦後のアメリカ文化,また日本語や映画を通しての日本文化にかんする著作もおおい。東京出身。早大卒。評論に「ぼくはプレスリーが大好き」「日本語の外へ」,エッセイに「シヴォレーで新聞配達」「自分と自分以外」,訳書に「ビートルズ詩集」「ベースボール この完璧なるもの」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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