改訂新版 世界大百科事典 「特性のない男」の意味・わかりやすい解説
特性のない男 (とくせいのないおとこ)
Der Mann ohne Eigenschaften
オーストリアの作家R.ムージルの未完の長編小説。作者の死後十数年を経て再評価され,J.ジョイスやM.プルーストの小説に比すべき,20世紀の重要な作品とみなされる。第1巻(1930),第2巻(1933)が刊行され,全遺稿が整理されて全体が刊行されたのは1952年(78年に遺稿部の大幅改訂)。〈特性がない〉ということは自分の特性も含めもろもろの事が自分から遊離していることで,そのような自己の特性と現実世界の事がらを独特の仕方で,つまり可能性への感覚をもって問題化し思考する,〈特性のない男〉を主人公に,時代の混乱した姿が描かれ,状況突破の試みが追求される。舞台は1913年のウィーン。5年後の皇帝即位70周年記念式典を計画する〈平行運動〉に特性なき男ウルリヒを巻き込み,第2巻では,忘れられていた妹アガーテとの会話が前面に出て,愛の〈千年王国〉が主題となる。厳密さと,魂の合一の両極をになうウルリヒの精神の冒険は,エッセー的性格の強いこの小説のスタイルと結びついて,現代小説のひとつのあり方を示す。作品はしかし完成に至らず,膨大な量の遺稿が今日に残された。
執筆者:藤井 忠
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報