オーストリアの作家。オーストリアのクラーゲンフルトに生まれた。父は機械工学の教授。陸軍高等実科学校に学び,ブリュン工科大学に入る。兵役を終え,予備少尉となる。1903年ベルリン大学へ行き,論理学と実験心理学を修め,エルンスト・マッハに関する論文で学位を得た。未完の大作《特性のない男》を残したムージルは,死後十数年を経てはじめて再評価され,世界文学に特異な位置を占めるに至ったが,上記のムージルの歩みはオーストリア・ハンガリー帝国の精神風土とともに彼の創作に深く影響する。作品に共通するのは,ある茫漠たる空間の中での精緻な心理分析である。処女作《若いテルレスの惑い》(1906)はオーストリアの上流の子弟をあずかる寄宿学校を舞台とした長編で,盗みを犯した同級生へのサディスティックな制裁の場面,それに立ち会うテルレスの戦慄が,彼の生への不安と懐疑とともに描かれる。このような心のゆらぐ状態の中で,彼は虚数をめぐって考えるうちに論理的世界のかなたに広がる領域を予感するのであった。テルレスが陥った内的空虚は,ムージルの描く他の主人公たちにも生じ,彼らは突然日常的現実を出て異様な体験をする。愛が共通の問題である。だが個々の光景の鮮烈さにもかかわらず,全体としては奇妙になにごとも起こらぬかのような雰囲気が小説にただようのである。そのような短編類をあげると,《愛の完成》と《おとなしいベロニカの誘惑》を収めた《和合》(1911),《グリージャ》《ポルトガルの女》《トンカ》の3編をまとめた《三人の女》(1924),《黒つぐみ》(1928)など,そして戯曲《夢想家たち》(1921)などである。長編《特性のない男》には,ムージルのすべてが投入されるが,完成を見ることはなかった。長い試作の段階を経て1930年に第1巻が,3年後に第2巻が発表された。第1次大戦直前のオーストリアの,その独特の空気の中で,時代の混乱した様相が鋭い皮肉をこめて描かれ,偽りの統一や観念によって事態に対処する者たちに対し,特性のない男ウルリヒ(軍人,技師,数学者の経歴をもつ)は厳密な思考と可能性への感覚をもって状況を認識し,状況に耐えつつ,全的な合一を求めて精神の冒険を続ける。ムージルは38年,ナチスのオーストリア併合後,夫人とスイスに亡命,ジュネーブで困窮のうちに客死したが,作品は死の日まで書き続けられた。
執筆者:藤井 忠
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※「ムージル」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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