猿の生肝(読み)さるのいきぎも

精選版 日本国語大辞典 「猿の生肝」の意味・読み・例文・類語

さる【猿】 の 生肝(いきぎも)

  1. ( 生きた猿から取り出した肝の意で ) 世界的に流布している説話の一つ。病気をなおす妙薬といわれる猿の生き肝を取りに龍王からつかわされた水母(くらげ)が、猿をだまして連れて帰る途中、その目的をもらしたために、「生き肝を忘れて来た」と猿にだまされて逃げられてしまい、その罰として打たれたため、それ以後水母には骨がなくなってしまったという内容のもの。使者を亀または、虻(あぶ)とする形で、仏典、「今昔物語集」、「沙石集」などにも見える。猿の肝。
    1. [初出の実例]「昔も乙姫病気の時、猿(サル)の生胆(イキギモ)の御用に付、水母(くらげ)に仰付られしを」(出典:談義本・根無草(1763‐69)前)

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「猿の生肝」の意味・わかりやすい解説

猿の生肝
さるのいきぎも

昔話。動物どうしの葛藤(かっとう)を主題にした動物昔話の一つ。「海月(くらげ)骨なし」ともいう。竜宮乙姫(おとひめ)が重病にかかる。猿の生肝を食べさせると治るという。亀(かめ)が竜宮の王の命令を受け、猿をだまして連れてくるが、門番の海月が、生肝を取るのだと猿に教える。猿は、肝は木にかけたまま置いてあるから取ってくるといって逃げ帰ってしまう。海月はよけいなことをいった罰に、骨を抜かれる。

 江戸中期の赤本の『猿のいきぎも』など文献にも多くみえ、明治以後も絵本や読み物で親しまれている。北海道のアイヌにも知られている。古くは古代インドのサンスクリット文学にみえ、『ジャータカ』や『パンチャタントラ』の話は、漢訳経典にも入っており、日本にも知られている。平安末期の『今昔物語集』には、天竺(てんじく)(インド)の話として、経典からの翻案と思われる類話が収められている。鎌倉時代の『沙石集(しゃせきしゅう)』にもあり、日本では、仏教説話として伝来したものが、昔話になって広まったのであろう。猿の生肝を欲しがる理由を、妻が懐妊して異常なものを食べたがる「つわり好み」としている例もある。

 インドのほか、ビルマミャンマー)のシャン人、中国のチベット人、ベトナム朝鮮など東アジアにも分布している。これらも、インド文化の影響のもとに伝えられたらしい。インドネシアでは『パンチャタントラ』の翻訳『カリラとダミナの物語』で知られている。西アジアへも、『パンチャタントラ』の翻訳『カリーラとディムナの物語』のシリア語訳やアラビア語訳で伝わっており、ユダヤ人の伝承にもある。ヨーロッパではハンガリーやラトビアにもあり、西インド諸島のプエルト・リコのスペイン系住民の間にも知られているが、数は少ない。西アジアからの伝播(でんぱ)であろう。アフリカのザンジバルの類話も、サンスクリット文学の流れとは別個のものとは考えにくい。

[小島瓔

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改訂新版 世界大百科事典 「猿の生肝」の意味・わかりやすい解説

猿の生肝 (さるのいきぎも)

昔話。〈海月(くらげ)骨なし〉とも呼ばれる。竜宮の乙姫が病気になって猿の生肝を求める。使者のクラゲが猿を誘い出すが,途中で感づかれて失敗する。クラゲは竜宮で制裁を受けたために骨がなくなる。これを主題にして猿,ウサギ,亀,タコ,ナマコが主人公で語られる場合もある。山間陸地に生息する動物と海にすむ生物の交渉・交流を語り,競争や戦争とは別途の内的な闘いの姿を語る。この昔話の原拠は古代インド説話で,《パンチャタントラ》《ジャータカ》などによって確認される。日本には仏典と共にもたらされたという説が有力である。《今昔物語集》《沙石集》にインドの古文献と主題を同じくする話が収められている。今日,クラゲの形状由来を説くことが一般的であるが,《今昔物語集》巻五の〈亀為猿被謀語〉は,妻の安産薬に猿の生肝を得ようとする亀の失敗譚である。懐妊に猿の生肝を薬として求める話が骨子であったと認められる。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「猿の生肝」の意味・わかりやすい解説

猿の生肝
さるのいきぎも

動物昔話の一つ。仲のよいさると亀が毎日海辺で遊んでいた。ところが竜宮 (亀の世界) の乙姫が病気になり,亀はその病気をなおすにはさるの生肝が妙薬だといわれたので,生肝をとるためさるをだまして竜宮に連れていく。しかしさるは,門衛のくらげたちの同情のささやきを耳にしたのでだまされたことがわかり,生肝を海辺に忘れてきたといって逆に亀を欺き,亀とともに海辺へ引返す。さるは亀を,生肝の干してあるという木 (さるの世界) に引張り上げようとして途中で手を放し,落ちたはずみで亀の甲羅にひびが入る。亀の甲羅にひびが入っているのはそのとき以来であるという。また竜宮の神は怒ってくらげの骨を抜いたので,以来くらげには骨がないという。形としては起源説話の態をとるが,むしろとんち話的要素の強いもので,関東以南の各地に分布する。

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