日本大百科全書(ニッポニカ) 「現象学的社会学」の意味・わかりやすい解説
現象学的社会学
げんしょうがくてきしゃかいがく
phenomenological sociology
現代社会学の一潮流。構造機能主義、シンボリック相互作用論などと並び今日の社会学の主要なアプローチ、方法、パースペクティブ(人間論的視角)の一つを形づくっている。フッサールの現象学の眼目「事象そのものへ」および意識の志向性(志向的意識)を存立の基盤とする「意味の社会学」であり、相互主観的(間主観的ともいう)な日常の生活世界の探究が試みられてきている。現象学的社会学の出発点は、客体化された社会的世界にあるのではなく、生きられた(体験された)社会的世界にあり、人間(人生の旅人、生活者)による世界体験の記述を通して、実存の領域である世界の地平と生活の領域、現実の諸様相が照らし出されるのである。
現象学的社会学はフッサールの現象学に根ざした方法に基づく、まさに独自の社会学だが、フッサールの影響下にあるということでは、フィーアカント、知識社会学や哲学的人間学などで知られるシェラー、「視界の相互性」について論じたリットなどの業績がまず注目される。こうした人々の業績を現象学と社会学の名のもとに考察することもできるが、今日、現象学的社会学という場合には、フッサールとウェーバーの2人からとくに大きな影響を受けたシュッツの業績が注目されている。シュッツはベルクソン、ジェームズ、サムナー、クーリー、タマスなど多くの人々からも影響を受けている。フッサールのアプローチと方法は「事象そのものへ」ということばによく表れている。フッサールの後期思想に入る生活世界論、シュッツの多元的現実論などが現象学的社会学のモチーフと方法としてとくに注目される。シュッツの流れにたつバーガーやルックマンの仕事、さらにシュッツの影響を受けてもいるガーフィンケルのエスノメソドロジーethnomethodologyなどを現象学的社会学の場面と文脈において理解することもできる。
現象学の諸現象は経験の諸事実ではなく、意味なのであり、記述さるべき諸現象はもろもろの意味にほかならない。現象学的社会学では、人間は意味の付与、意味の理解と解釈などの主体なのであり、人間存在、日常の生活世界、生活誌の状況、生活史、自我、アイデンティティ、身体、他者、多元的現実、生活の場面と諸領域などの考察が行われてきている。現象学的社会学の舞台に姿をみせる人間は、アクティブな創造的人間、意味のなかで生きている生活者なのであり、世界や生活、他者や道具や作品、また風景などに巻き込まれた状態にある世界体験の主体である人間と人間の生存領域が、クローズアップされてくるのである。
[山岸 健]
『P・L・バーガー、T・ルックマン著、山口節郎訳『日常世界の構成』(1977・新曜社)』▽『A・シュッツ著、佐藤嘉一訳『社会的世界の意味構成』(1982・木鐸社)』▽『M・ナタンソン他編、渡部光・那須壽・西原和久訳『アルフレッド・シュッツ著作集』第1~4巻(1983~98・マルジュ社)』▽『江原由美子・山岸健編『現象学的社会学』(1985・三和書房)』▽『江原由美子著『生活世界の社会学』(1985・勁草書房)』▽『H・ガーフィンケル、山田富秋他編訳『エスノメソドロジー』(1987・せりか書房)』▽『西原和久編著『現象学的社会学の展開』(1991・青土社)』▽『廣松渉著『現象学的社会学の祖型』(1991・青土社)』▽『山岸健著『社会的世界の探究』新増補(1997・慶応義塾大学出版会)』▽『那須壽著『現象学的社会学への道』(1997・恒星社厚生閣)』▽『A・シュッツ著、桜井厚訳『現象学的社会学の応用』新装版(1997・御茶の水書房)』▽『好井裕明著『批判的エスノメソドロジーの語り』(1999・新曜社)』