翻訳|identity
自我によって統合されたパーソナリティが,社会および文化とどのように相互に作用し合っているかを説明する概念。訳語としては,自己同一性self identity,自我同一性ego identity,主体性,自己確認,帰属意識などがある。哲学の分野で用いられることの多かったこのことばが社会学や心理学の分野でも広く使われるようになったのは,管理化の度合を高めていく1960年代,先進産業社会においてあらわれた反抗,とりわけ青年にみられた自己表出現象によってであった。科学技術の高度化と社会構造の複雑化は教育の高度化を要請し,個人の社会的成熟と心身的成熟がますます乖離し,自己探究のための長いモラトリアム期間が必要になってきた。その期間は特有の内面的な危機を伴う。またこの危機は,個人のパーソナリティだけの現象ではなく,民族,国家等の集団的な現象についても起こりうる。
アイデンティティの概念には,大まかにいって二つの使われ方が見られる。一つは個人の他者に対する社会的隔たりに関するものである。人々は社会的な相互作用のなかで自己と他者との隔たり,すなわち,親密さの度合を操作し,状況を自己にとって有利なものへと導いていこうとする。たとえば,社会生活のなかで他人がむやみに接近し,自分の居場所に侵入してくることを避けるために,よそよそしい言葉づかいやふるまいにより,他者との間に一線を画することが行われる。もう一つの使われ方は,パーソナリティの核心,一貫性,本来性に関係するものである。それは個人においても,集団においても,過去から現在へ,そして未来へという時間的な継続性のもとにあらわれてくる。
前者の使われ方は,われわれが生きる世界を舞台や劇場にたとえる,ギリシア時代以来長い歴史をもつ演劇論の中にみられ,ケネス・バーク(《動機の文法》1945)によって社会学や文化人類学に導入されてきたものである。演劇論は対人関係の葛藤のドラマを描き出しはするが,関係のもとに身を処する当の主体の内面的葛藤,その発達心理については,分析を十分に施していないきらいがある。一方,後者の使われ方は1960年代に広がりをみせた,青年の自己表出現象に一つの思想的拠り所を与えたエリクソンの考え方が,その代表的なものであろう。エリクソンは,アイデンティティを個人の心理的核心を意味するものと考える。個人は社会生活の内でさまざまな役割を課せられており,しかもこれら複数の自分をたえず統合して生きていく。この統合ができなくなる状態を〈アイデンティティの危機〉という。この危機は発達過程の途上でたえず個人を見舞う。発達過程とは,個人が慣れ親しんだ内と外の世界に変化が生じ,あるいは新しい環境に出会い,そこで葛藤に巻き込まれていくことである。フロイトの力動的な心と体の発達論を継承・発展させることにより,エリクソンは発達における葛藤が個人の社会的広がりの中での心身の成長の力を高める〈生きた現実〉の過程でもあることを強調する。
漸次的発達を経る個人の生活史の各段階は社会制度とのかかわりで解決すべき特有の課題や危機を伴わざるをえない。他方,社会もおのおのが特有な制度を形成することにより,人々の成熟の異なった局面に対処しようとする。このようにして,個人のアイデンティティの堅固さと混乱の度合は,社会・文化と個人がどのようにかかわるかを映し出すものとなる。アイデンティティの概念は,社会関係の緊張と個人の内面的緊張を連関させつつ考察する手がかりを与えるものである。
→自我
執筆者:草津 攻
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個物や個人がさまざまな変化や差異に抗して、その連続性、統一性、不変性、独自性を保ち続けることをいう。哲学用語としては「同一性」あるいは「自己同一性」に同じ。同一律「AはAである」によって端的に表現される。社会心理学上の用語としては、1950年代にアメリカの精神分析学者E・H・エリクソンが特有の含蓄をもった概念として用いて以来、広く人間諸科学のキーワードとして定着した。彼によれば、アイデンティティとは「自己確立」ないしは「自分固有の生き方や価値観の獲得」にほかならない。ここでいう「自己」とは、内省によってみいだされる主観的自己であるよりは、社会集団のなかで自覚され、評価される社会的自己のことである。個人は共同体の固有の価値観に自己を同一化し、そのなかでさまざまな社会的役割を積極的に引き受けることによって自己を確立する。これら複数の役割的自己を統合する根源的な自己のことを、エリクソンは「人格同一性」あるいは「自我同一性」とよぶ。
[野家啓一]
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…x3+y3=(x+y)(x2-xy+y2),1+tan2θ=sec2θのように,変数を含んだ等式で,その変数にどんな値を代入しても,両辺に意味がある限り(上の例では,第2式はcosθ=0となるようなθの値が除外される)等式が成り立つとき,その等式を恒等式という。ただし,変数の値の範囲は,通常実数全体であるが,複素数全体で考えることも,また後述のようにその他の場合もある。(1)多項式による恒等式については,次のことが基本的である。…
…あるものがあるものとして存立しあるいは同定identifyされるとき,そのものは同一性をもつという。同一性は,したがって,一面,あるものがあるものと異なったものでないことをいうものとして,差異differenceないし差異性と対立し,他面,あるものがあるものと異なったものになることがないことをいうものとして,変化と対立する。ここで,同一性―差異,同一性(恒常性)―変化という2組の対立概念は,いずれも,一方を欠いては他方の規定が困難になるような種類のものである。…
…このフロイトの自我研究を継承発展させ自我の積極的機能を明らかにした代表者は,フロイトの娘であるA.フロイト,ならびにH.ハルトマンらであり,彼らにはじまる自我心理学ego psychologyは,以後アメリカにおける精神分析学の主流となった。この系譜に属するE.H.エリクソンの自我の心理的‐社会的発達理論,すなわちアイデンティティ形成理論は,臨床的にも社会学的にもきわめて有用な概念である。いわゆる新フロイト派は,アメリカにおける正統精神分析学派に対する批判者の一群であるが,フロイトの生物学主義的な本能論と決別し,パーソナリティの形成や神経症の発生に関し,文化的・社会的要因を強調する点で共通する。…
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