家庭医学館 「環境ホルモンと健康障害」の解説
かんきょうほるもんとけんこうしょうがい【環境ホルモンと健康障害】
人間がつくりだした化学物質のなかには、ホルモンと似た作用を示すものがあります。これを環境ホルモンといい、女性ホルモンのエストロゲンに似た作用を示すものが多くあります。体内に入ると、ホルモン分泌(ぶんぴつ)を乱し、生殖細胞や生殖器に異常をもたらすことから内分泌攪乱化学物質(ないぶんぴつかくらんかがくぶっしつ)ともいいます。
環境省の研究班では、有機塩素系殺虫剤のDDT、焼却場などから出るダイオキシン、船の塗料などに含まれる有機スズ化合物など約70種類の化学物質を環境ホルモン候補としてあげています。
●どんな健康障害がおこるのか
ペニスが小さくなって、交尾できなくなったワニ、メス同士で巣づくりするカモメ、雌雄同体のコイ科の魚などの野生生物の異常が世界各国から報告され、環境ホルモンとの関連が疑われています。
日本でも、自然が豊かな河川に住むコイに比べ、都会の河川に住むオスのコイは、萎縮(いしゅく)した性器の発生率が高いという報告が行なわれました。都会の河川は、環境ホルモンで汚染されているためと説明されています。
また、船の航路の周辺に住む巻き貝は、メスにペニスがあるなどの異常が多いという報告もあります。船の塗料に含まれる有機スズ化合物が関与しているのではないかといわれています。
●人間への影響は?
近年、精液に含まれる精子(せいし)の数が減少してきているという報告が、世界各国からあいついでいます。また、女性の乳がんの増加なども環境ホルモンの影響ではないかと疑われています。
口火を切ったのは、デンマークのニールス・スカッケベック教授のグループが発表した報告で、その後、フランス、スコットランド、フィンランド、ベルギー、イギリスなどからも精子の数が少なくなっているという報告が行なわれました。
日本でも、精子の数が減ってきているという印象をもつ専門家が増えています。たとえば、非配偶者間人工授精(ひはいぐうしゃかんじんこうじゅせい)(夫以外の男性の精液を用いる人工授精)には、1mℓ中1億個以上の正常な精子を含む精液を使用するのが理想とされていますが、こうした精液を提供できる男性を探すことがむずかしくなってきて、5000万個程度で妥協しなければならないのが現状だということです。
ただ、日本人男性の精子数を調べた過去の研究はほとんどないため、ほんとうに精子数が減少してきているのか、もともとみられる自然現象なのか、はっきりしたことはわかりません。
ほんとうに精液に異常がおこっているのか、おこっているとすれば、環境ホルモンが関与しているのか、などに関する研究は、ようやく始まったところです。環境省に研究班が結成されたのをはじめ、専門家による研究会も発足しています。
また、デンマーク、フランス、アメリカ、日本などの7か国の国際研究班も発足し、精子に関する基礎的な調査研究を始めました。
化学物質過敏症(かがくぶっしつかびんしょう)
ある化学物質に対して過敏になり、つぎにごく微量の同じ物質と接触しても過敏症状が発現する状態を、化学物質過敏症といいます。
特定の化学物質に過敏となり、その物質に接触すると症状が現われるのが原則ですが、いろいろな化学物質に過敏になり、どの物質との接触でも、過敏症状がおこる人もいます。
●症状
この病気に特有な症状はありません。
現われるのは、頭痛、筋肉痛、のどの痛み、関節痛、微熱、だるさ、疲労感、下痢(げり)、便秘(べんぴ)、腹痛、集中力の低下、かゆみ、月経過多(げっけいかた)など、さまざまな症状です。
このため、診察を受けても疲労、軽いかぜ、更年期障害(こうねんきしょうがい)などと診断されることが多いと思われます。
●原因
建材、塗料、洗浄剤、食品添加物、排気ガス、殺虫剤など、身のまわりにあるすべての化学物質が原因となる可能性があります。
花粉、動物の毛、カビ、ダニなどの自然界の物質が原因のこともあります。原因物質との接触のほかに、過敏症をおこしやすい生まれつきの素因、健康状態の悪化、外的環境の悪化などの総量が、その人の抵抗力を超えたときに発症すると考えられています。
●検査と診断
診断には、詳細な問診が必要です。自宅家屋の状況(新築か、リフォームか、建材の種類など)、自宅の周囲の環境、化学薬品の使用状況(殺虫剤、有機溶剤など)、職場の環境、職歴、趣味、嗜好品(しこうひん)など、かなり突っ込んだ問診が行なわれますから、包み隠さずに答えてください。
化学物質過敏症では、自律神経のバランスが崩れていることが多いので、瞳孔対光反応(どうこうたいこうはんのう)、眼調節系の検査を行ない、自律神経のはたらきを調べます。
また、中枢神経系(ちゅうすうしんけいけい)の異常を調べるため、視覚空間周波数特性(しかくくうかんしゅうはすうとくせい)、眼球運動検査のほか、SPECT(スペクト)で、脳血流、脳機能を調べることもあります。
問診などから、疑わしい化学物質が推定できたら、誘発試験を行なって、症状がおこるかどうか調べます。疑わしい物質が液体なら、皮膚と接触させ、反応をみます(皮内反応(ひないはんのう))。気体の場合は、観察室の中に入ってもらい、ここに物質の気体を注入して、反応や症状を観察します。
そして、化学物質過敏症の診断基準と照らし合わせ(コラム「化学物質過敏症の診断基準」)、つぎの条件に適合した場合に、化学物質過敏症と診断します。
Ⅰ 主症状2項目に副症状4項目がみられる
Ⅱ 主症状1項目、副症状6項目、検査所見2項目がみられる
●治療
原因と考えられる物質との接触をできるだけ避けます。
適切な食事、適度な休息・睡眠・運動、精神的ストレスの除去も必要です。運動療法、温泉療法、サウナ療法、解毒薬(げどくやく)やビタミン剤の大量療法などが必要になることもあります。
原因物質を注射などで体内に入れ、物質にからだを慣れさせる減感作療法(げんかんさりょうほう)が効果を発揮することもあります。