産業排水(読み)さんぎょうはいすい(英語表記)industrial effluent

改訂新版 世界大百科事典 「産業排水」の意味・わかりやすい解説

産業排水 (さんぎょうはいすい)
industrial effluent

産業を大きく分けると,第1次産業(農林漁業),第2次産業(鉱工業),第3次産業(商業,運輸業,サービス業)の三つになるが,このうち主として第1次産業と第2次産業からの排水を産業排水と呼ぶ。産業廃水industrial wasteと表記することもある。第3次産業の排水はおもに事務所,商店などからの排水であって,それらは官公署や公共施設からの排水とともに,生活系排水(日常の家庭生活からの排水)として取り扱われる。

排水量そのものを正確に知ることはできないが,用水使用量などからおおまかな目安を得ることはできる。国土庁の調査によれば,1993年度の淡水使用量は,生活用169億t/年(18.6%),工業用154億t/年(16.9%),農業用586億t/年(64.4%)で,農業用水の割合が高い。

 日本の工業出荷額は,第1次石油危機後の1974年と75年にやや前年を下回ったが,その他の年は年ごとに増加している。ちょうど石油危機のころまでは,工業出荷額の増加とともに,工業用水量(淡水補給量)も増え続けたが,石油危機を境に,工業出荷額は増加しているにもかかわらず淡水補給量は毎年減少し続けている。工場内での水の反復利用が進んだためである。90年代に入って,工業における淡水の回収率(回収水量/(回収水量+淡水補給量))は80%程度になっている。業種別にみると,もっとも淡水系補給量の多いのは紙・パルプ工業と化学工業で,それぞれ工業全体の25%くらいずつを占め,次いで鉄鋼業,食料品製造業,繊維工業がそれぞれ10%くらいずつを占めている。

 工業排水のうち淡水起源のほうの排水量は,上記の淡水使用量にほぼ等しいと考えることができる。このほかに工業排水の中には冷却水として用いられた海水の温排水が,おもに発電所や製鉄所から大量に排出されている。この排水量は,年間1000億t(1980)くらいにはなるとも推定され,その9割は発電所排水であるが,原子力発電の導入によって,温排水の量は年々増加している。

 農業排水の量を確定することは,さらにむずかしい。なぜなら使用水量のうちのかなりの部分が蒸発,地下浸透,反復利用などで失われる一方,雨水も農地を通過して排出すれば,田畑の中にあるさまざまな成分を溶出させ,農業排水として考えなければならないからである。農用地を経由して排出される雨水の量は,年間ほぼ600億~700億tであるから,農業排水は,全体として年間1000億t近いと考えてよいであろう。

産業排水の中でも,工業排水は水質汚濁の元凶であり,工場からの排水,すなわち工場排水に含まれる有害物質によって水俣病イタイイタイ病をはじめとするさまざまな公害が引き起こされてきた。工業排水をその水質の面から分類すると以下のようになる。(1)有機性で比較的濃度の高い排水 食料品製造業,化学工業,紙・パルプ工業からの排水にみられ,食料品製造業排水ではBODCODが高いのみならず,窒素やリンの濃度も高く,ときとして油分濃度が高いこともある。また紙・パルプ工業排水はBODが高く,臭気,着色も強く処理はかなりむずかしく,漂白工程の排水などは魚介類に有害である。(2)有機性で比較的濃度の低い排水 繊維工業からの排水,(1)にあげた産業の一部からの排水などで,繊維工業の場合,染色工程の排水処理はむずかしく,水生生物に有害なこともあるが,それ以外は問題が少ない。(3)有機性で有害物質を含む排水 皮革工業製鉄業のコークス製造工程からの排水が代表的なもので,前者は有機物,油分いずれも高く,さらにタンニン,クロム,硫化物などを含み,処理はかなりむずかしい。後者はチオシアン化物,シアン化物,硫化物,アンモニアフェノールなどをいずれも高濃度に含む。化学工業のうち殺虫剤,殺菌剤,除草剤などの製造工業からも同様の水質の排水が生ずる。(4)無機性の一般排水 化学工業のうち無機工業製品製造業排水,窯業・土石製品製造業排水(SS分が高い),製鉄業の圧延工程排水(鉄分が多く,酸性のこともある)などがあげられる。(5)無機性で有害物質を含む排水 非鉄金属製造業のうちで,精錬,圧延などの工程からの排水はさまざまな重金属を含み,酸性である場合が多い。めっき・金属表面処理工程からの排水はシアン,重金属,トリクレンなどを含み,水銀電極による苛性ソーダ製造工程からは水銀を含む排水が生ずる。特殊ガラス,光学ガラスの研磨工程からの排水はカドミウム,鉛などを含む。(6)温排水 温排水による熱および殺藻剤などの漁業への悪影響がある。

1970年制定された水質汚濁防止法により,工場および事業場からの排水の水質は,カドミウムなど健康に関連した有害物質8項目(1973年にPCBが加えられ,9項目に)とBODなど生活環境に関連した12項目について規制されることになった。これによって,工場排水に起因する水質汚濁はかなりの程度解決したが,化学新物質の種類が増え続け,規制が追いつかないなどの問題が指摘されつづけた。新しい事態に対応するために,1993年に健康に関連した項目についての追加,規制の強化が行われた。ジクロロメタン等7項目の有機塩素化合物,シマジン等4項目の農薬など合計13項目の新設と,鉛,ヒ素についての基準値の強化である。しかし,これでも現実の変化に対応できているとはいいがたい。多種の化学物質が使われている現状を考えると,個々の化学物質に基準値を設定し規制するという従来の方式自体の見直しが求められているといえる。

従来,産業排水に起因する水汚染はおもに工業排水によるものであったが,最近は農業排水も非常に大きな問題をもっていることがわかってきた。排水中に含まれる窒素やリンが多く,湖の富栄養化,海の赤潮の原因となっており,さらに農業排水を通してきわめて有害な農薬などが水道水に含まれていることがたびたび報告されている。また,農業排水中の農薬や窒素分が地下水を汚染している例も報告されつつある。工場などは発生源が確定できるので規制しやすいが,農業排水は量も多いうえに,広い範囲から,しかも主として雨のときに排出されるため,きわめて制御しにくく,除去もむずかしい。今のところ農業排水に対する規制はないが,排水汚染に対して排水処理という,これまでの対処のしかたはまったく有効性がない。肥料,農薬の使い方(使うことの是非)からはじまって,農業における水循環システムなどを根本的に変えないかぎり解決しない。点排出源(工場など)にかえて,面的排出源(農業排水や街路排水)についての対策が模索されている。
水汚染
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百科事典マイペディア 「産業排水」の意味・わかりやすい解説

産業排水【さんぎょうはいすい】

産業廃水と表記することもある。第1次産業(農林漁業),第2次産業(鉱工業)からの排水。産業排水のなかでも工業生産に使用されて生じた汚水すなわち工業排水は,高温・強酸・強塩基・放射能・金属イオン・悪臭・色など,公害の原因を生じる要素が少なくない。これら産業排水に対しては水質汚濁防止法・下水道法などにより,廃水の河川や公共下水道などへの排水を制限し,適切な除害設備の設置を規制している。→産業公害水質保全
→関連項目水汚染

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