日本大百科全書(ニッポニカ) 「田螺長者」の意味・わかりやすい解説
田螺長者
たにしちょうじゃ
昔話。小さな動物の姿で生まれた人の冒険を主題にする異常誕生譚(たんじょうたん)の一つ。子供のいない夫婦が神に子授けを願い、タニシを授かる。タニシは一人前の年齢になると、馬を引いて働く。長者と親しくなり、長者の娘を見そめる。米を袋に入れて持ち、長者の家に行き泊まる。米の袋をたいせつなものであるといって、長者に預ける。長者は、預かった米をなくしたら、なんでも好きなものをやると約束する。夜中に、タニシはその袋から米を出し、娘の口の周りに生米をかんだものをつけておく。翌朝タニシは、米の袋がなくなっていると騒ぐ。娘の口に米がついているので、約束どおり、長者はタニシに娘をやる。娘がタニシといっしょに祭りに行くとき、タニシがカラスにつつかれて田の中に落ちる。娘が泣いていると、タニシはりっぱな男の姿になって現れる。婚礼をやり直し、タニシの若者は栄え、長者になる。主人公をカエルにした類話も多い。
小さなものが突然にりっぱな若者に変身し、幸福な結婚をするところに特色があるが、そうした物語形式は昔話や御伽草子(おとぎぞうし)の「一寸法師」と共通している。「田螺長者」には、打ち出の小槌(こづち)で打つと一人前の若者になったという例もあり、「田螺長者」と「一寸法師」とは、ただの混交とは思えない全体的な交錯がある。朝鮮、中国、ビルマ(ミャンマー)など東アジアにも、主人公が他の巻き貝類やカエルやヘビになった類話がある。動物の殻や皮を脱ぎ捨てて人間になるという変身の趣向が語られているのが普通である。巻き貝が殻をもち、カエルやヘビが変態・脱皮をすることが、これらの動物がこの昔話の主人公になっている理由であろう。日本ではタニシを水神の使者とする信仰があり、この昔話は、そうした宗教的観念を背景にして成り立っていたらしい。
[小島瓔]