日本大百科全書(ニッポニカ) 「畜産公害」の意味・わかりやすい解説
畜産公害
ちくさんこうがい
pollution from livestock production
畜産物の生産および加工段階での廃棄物から発生する環境汚染を畜産公害という。畜産公害現象は、河川などの地表水や地下水の水質汚濁、臭気(悪臭)やほこりによる空気汚染、害虫やネズミ害、病原菌による人体被害、家畜の鳴き声などの騒音、美観の損失、等々として現れる。加えて、1990年代以降、あらたな問題も指摘されている。牛などの反芻(はんすう)家畜のげっぷから発生するメタンガス、および糞尿(ふんにょう)の発散するアンモニアガスによる地球温暖化への影響、また、家畜に投与された抗生物質やホルモン剤が糞尿のなかに残留して排出されることによる土壌汚染、また糞尿から排出される硝酸性窒素やクリプトスポリジウム(原虫)による地下水汚染などである。このような多様な公害現象が生じるのは、一般の公害問題でも指摘されるように、人間と環境との関連では、物理学的、化学的、生物学的な相互作用からの評価のみならず、現代経済社会での生産活動や資源利用に対して個々人、集団がどの程度の関心や価値観をもっているかということによって異なった評価があるからである。
畜産公害の主要な発生源物質として家畜糞尿があげられるが、自然の物質循環法則に強く支配されてきた農業生産の歴史からすれば、糞尿は耕地の地力維持再生産にとって不可欠な資源とされてきたのである。このように、糞尿が利用資源から公害源としてとらえられるようになったのは、最近のことである。アメリカにおいて公害が社会問題化されたのが1950年代であり、農薬汚染や畜産公害が法規制の対象となったのは70年代からである。日本においては、1960年代に入って都市化が急激に進んだ神奈川県をはじめとして三大都市圏で問題となった。全国的には輸入濃厚飼料依存による加工業的畜産といわれる養鶏・養豚の大規模飼養が急増する60年代後半以降で、73年(昭和48)に苦情発生件数はピークを迎えた。
その後、公害規制法体系の整備と糞尿処理利用の改善対策が行われ、苦情発生件数そのものは減少した。ただし、この間に畜産農家戸数も減少していることから、苦情発生率は0.6%(1978)から1.3%(1998)と増加した。その内訳は悪臭関係が61%、水質汚濁関係が38%となっている(1998)。畜種別ではニワトリが減少し、ブタがもっとも多いことが基本的傾向であるが、本来土地利用型畜産である酪農部門での苦情件数がニワトリより多くなっている。このように、畜産公害の展開は畜産経営構造の転換および立地の移動に強く規定されており、日本の農法の改善問題とも深くかかわっているのである。1999年(平成11)には農業環境三法の一つである「家畜排せつ物の管理の適正化及び利用の促進に関する法律」が施行された。それにより家畜糞尿による環境汚染の規制が強化され、さらに糞尿を有機物資源として有効利用する政策が打ち出された。
[松木洋一]
『井上和衛著『都市化と農業公害』(1971・労働科学研究所)』▽『松木洋一著『アメリカにおける畜産廃棄物の環境経済学的研究についての一考察』(『日本獣医畜産大学研究報告』第27号所収・1978)』▽『松木洋一著『有畜複合経営の展開』(『農業経営の複合化』所収・1984・地球社)』▽『農山漁村文化協会編・刊『畜産環境対策大事典』(1995)』