畠山義春(読み)はたけやま よしはる

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「畠山義春」の解説

畠山義春(1) はたけやま-よしはる

?-1643 戦国-江戸時代前期の武将
能登(のと)(石川県)の守護,七尾城主畠山義続の次男上杉謙信人質となり,のち上条(じょうじょう)上杉家をつぐ。政繁を名のり,謙信の養子上杉景勝の妹と結婚。謙信の死後景勝と不和となり,越後(えちご)(新潟県)をさる。豊臣秀吉に,関ケ原の戦い以後は徳川家康につかえた。寛永20年8月13日死去。通称弥五郎。号は宜順。

畠山義春(2) はたけやま-よしはる

1572-1577 織豊時代,畠山義隆の子。
元亀(げんき)3年生まれ。変死した伯父,病死した父の跡をつぎ,能登(のと)(石川県)七尾城主となる。天正(てんしょう)4年上杉謙信に攻められ,籠城(ろうじょう)中に城内伝染病にかかり,5年7月21/23日病死,能登畠山氏の主流はたえた。6歳。幼名は春王丸。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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