アメリカの作家メルビルの長編小説。1851年刊。19世紀前期、初老の捕鯨船長エイハブが巨大な白いマッコウクジラ、モービィ・ディックに片脚を咬(か)み取られ、その報復を求めて執拗(しつよう)に巨鯨を追跡し、太平洋の赤道近くで3日間に及ぶ死闘を繰り広げたあとついに敗北、捕鯨船ピークォド号もろとも海底の藻屑(もくず)と消える物語で、これをただ一人生還した青年イシュメールに語らせる仕組みになっている。エイハブ船長や一等航海士らの白人を頂点とし、これにインディアン、南海の先住民、拝火教徒のアジア人、黒人などの乗組員が続き、いわば人類の代表者たちが無垢(むく)と魔性の混在する原初的自然に果敢な戦いを挑み、ついには敗北と破滅に至る。一種、黙示録暗喩(あんゆ)の世界が壮絶に展開する。通常の小説構造とは著しく異なり、巻頭には語源部や文献部が付され、物語のなかに鯨学や捕鯨業、自然に関する衒学(げんがく)的エッセイが無数に混じる。しかも該博な百科全書的認識論がいつしか壮大な詩的幻想に変貌(へんぼう)していくところに、この作品の大きな特徴がある。そして雄渾(ゆうこん)な文章で語られる詩的饒舌(じょうぜつ)につられて、原初的自然と近代人との確執、不気味な悲劇的関係がより効果的に読者に迫ってくる。
[杉浦銀策]
『幾野宏訳『白鯨』(1980・集英社)』▽『八木敏雄著『「白鯨」解体』(1986・研究社出版)』▽『前田礼子著『白鯨 そのヘレニズムとキリスト教思想』(1994・大阪教育図書)』▽『阿部知二訳『白鯨』上中下(岩波文庫)』▽『田中西二郎著『白鯨』上下(新潮文庫)』▽『千石英世訳『白鯨』上下(講談社文芸文庫)』
アメリカの作家メルビルの長編小説。1851年出版。陸上の生活に絶望したイシュマエルは,南海の原住民クイークエグとともに捕鯨船ピークオド号に乗り組む。船長エーハブCaptain Ahabは,自分の片足を嚙み取った白い鯨モービー・ディックこそこの世のあらゆる悪の化身だと信じ,復讐を誓っている。一等運転士スターバックは,理性と信仰の立場からエーハブに反対するが,彼の強烈なエゴの前には無力である。さまざまな者を乗せた世界の縮図のような船は,モービー・ディックとの3日にわたる死闘の末沈み,ただ語り手イシュマエルだけが生き残る。筋立ては海洋冒険談であり,また冒険談としても十分おもしろいが,哲学的随筆,劇,詩など多様な要素をとりこんだ雄勁(ゆうけい)で格調の高い文体で,旧約聖書,シェークスピア,ミルトンの《失楽園》などを巧みに利用しながら,悪の意味を問いかける象徴的な傑作である。
執筆者:島田 太郎
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…ハーバード大学で海洋法を専攻したが,学業を中断して船乗りになり,その航海の経験をもとに《水夫としての2年間Two Years before the Mast》(1840)を書いた。これはアメリカ海洋小説の古典と目されており,《白鯨》の著者メルビルもこの作品に啓発された。デーナはまた海員の権利の確立と奴隷解放運動にも力を尽くした。…
…監督第1作《マルタの鷹》(1941)で戦後のハリウッドの〈フィルム・ノワール〉あるいは〈ハードボイルド映画〉の流れをつくり,主演のハンフリー・ボガートとは続いて《黄金》(1947),《キー・ラーゴ》(1948),《アフリカの女王》(1951),《悪魔をやっつけろ》(1953)で組み,その魅力をひき出す。さらにボガートのために《白鯨》でエーハブ船長の役を,《王になろうとした男》でクラーク・ゲーブルとの〈夢の競演〉を考えたが,ボガートの死で実現せず,《白鯨》は1956年にグレゴリー・ペックで,《王になろうとした男》は1976年にマイケル・ケインとショーン・コネリーで映画化しているが,このボガートで撮りそこなった2作も含めた〈ボガート映画〉にもっともヒューストン的なテーマ(人間,とくに男の野望とその挫折)が色濃く出ている。【広岡 勉】。…
※「白鯨」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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